●審査委員長 秋田道夫
○ポスト311の日本のエネルギーとプロダクト
「大文字の工業デザインをなす」。わたしは長い間そういう思いを抱いてこの仕事に向かい合ってきました。信号機や入金機を手がけたのも風景としての公共機器の美観が、無意識で歩いている人達や子供達の潜在的な美意識を高める事ができ、何十年後かにはその成果が出ると信じています。
これまで3度開催したpdwebデザインコンペに限らずおよそコンペティションで見る応募作には残念ながらそういう「大文字」を感じさせるモノで出会う機会はまれです。ある意味それは「洗練」であり日頃わたしも含め多くのデザイナーが見せている「現実」を周到に賢く分析すればそういう結論にいたるのも自明の理なのかもしれません。
今回テーマも大きく難しく、かつそれに報いるものを用意できなかったことは、そのまま応募総数に反映される結果になりました。しかしそのことが、「大文字のデザイン」を見いだすことになったのは偶然ではないのだと思います。「条件がこころざしを明確にした」のだと思います。浦上健司さんの手になるNo.04「sustainable energy thermal container」にわたしは大文字のデザインを感じました。
「大文字の工業デザイン」としなかったのは、たぶん長い間この問題に対して向かい合い続けそして莫大な文献を調べ情報収集され紡ぎ出されたパネルには、大きな塊を感じましたし、それはすぐに理解することすら容易ではありませんが、残念ながら工業デザインというよりはシステムデザインであり構想デザインというに相応しく「その先のまとめ」が見たかったという気持ちがあります。
美しい(工業)デザインには「有無も言わせぬ説得力」があります。JR九州で水戸岡鋭治さんは、まず車両を美しく見せるところからはじまりました。坂茂さんが今回の地震の被災者に提供した仮設住宅のプランは被災地のためという次元を越えて「住みたい」と思わせる説得力があります。
プレゼンテーションは「絵本のようであって欲しい」。大人から子供まで見ること楽しむことができて説得力が生まれます。しかしそれらの注文はすべて浦上さんの提案を見て思いつく話であり、そういう考えるベースを与えてくれたこと自体に「敬意」を表するべきかと思います。
○pdwebデザインコンペの4年間を振り返って
毎回みなさんの作品を見せていただくことを大変楽しみにしております。デザインは時代を映すものですが、そういった時代の空気をみなさんがそれぞれの立場や学習段階で感じられているのかを見ることは、プロのデザイナーにとってもとても参考になるものです。
同時に毎回というか回を重ねるにしたがって審査員のみなさんから出る感想に「たしかにスケッチ(レンダリング)の技術は向上しているけれど、ものが製品として成立するかどうかの検証について確認不足である」とあります。
もう1点、あきらかに向上していると思うのが「説明文」です。わたしはまず「プレゼンテーションパネル」を拝見してから「コンセプト説明」を読ませていただくようにしているのですが、パネルでは目に止まらないものが説明文には「感心する」ことが少なくありません。つまり作者の「意図」が「カタチ」に昇華(消化)されていないことをそれは示しています。わたしはデザインというものは「端的」「簡潔」でなくてはいけないというか、そうでなければ理解されないと思っています。
1行のコピーが何枚も書かれた文章よりも「チカラ」を持っていることがあります。多くのものを完成させるのは困難です。あなたが理解して欲しいものを「ひとつのカタチ」「ひとつの言葉」に収斂することを心がければ、きっと良い答えが待っています。
●磯野梨影
震災の被害は痛ましいものでありましたが、311以降、電気やエネルギーに対して日本人の意識が大きく変わったことは、これからの日本にとってよい変化をもたらすことにつながるのではないかと感じています。プロダクトデザイナーも、ただモノだけを捉えるだけでなく、より広い視点で未来につながる問題解決や提案をしていくべきだと考えます。
その観点から、No.02「circle」の吉崎香那さんの提案は、発電する遊具というだけでなく、子どもたちがエネルギーへの理解を深めるきっかけ作りをも意図しているところがいいと感じました。
相澤栞さんのNo.08「CUBE」は、現実的に考えると効率など課題はありそうですが、ユニークな発想と、小分けした冷蔵庫のON/OFFが一目でわかる点など、実際に使ってみたい気がしました。
他にも発電・節電をテーマにした作品が多く見られましたが、その小さなエネルギーの置き換えによって、何がよくなるのかが実感として伝わって来ない作品も多々ありました。ただモノだけを見るのではなく、これからのデザイナーには、社会の状況や人の生活をよく見て考えてほしいと心から思います。
●倉方雅行
No.01「dynamo sneaker」:着眼は面白いが、運動するエネルギーを他にやらなくてはいけないことに活用した方がよいかと思う。つまり、プレゼンとしては、災害時の作業の運動で発蓄電できるというような、表現にしたほうがよい。
No.02「circle」:着眼の部分を既存の遊具(地球型の回転遊具など)に取り付けるなどすることで、汎用性の高い考え方にもっていった方が、より発展性が感じられるようにプレゼンできるはず。
No.03「SUNRRY」:このアイデアは、乗り物よりも運搬具のアシストなどに置き換えた方がよかったのではないか。「太陽電池蓄電アシストねこ」など?
No.04「sustainable energy thermal container」:分類上システムデザイン。内容、アイデアは非常に面白く個人的にも興味があるモノだが、当該コンペとしては、応募内容と異なるのでは。
No.05「角傾」:アイデアとしては面白いが、造形的にもう少し親しみを感じる優しさがほしい。
No.06「BICHARGE」:このアイデアは、従来の自転車用ダイナモをどのように使いやすくするかを起点にして、考える必要がある。それによって、造形的処理のつじつまが洗練され、説得力のあるアイデアに生まれ変わる。
No.07「Solar Blind」:このアイデアは、昔から提案されていたがコンセントを付けるというところは、ある意味新鮮かと思う。ただし、日の光を室内へ入れたい時と発電したいときの矛盾をしっかりしたストーリーとアイデアで克服する必要がある。
No.08「CUBE」:発想の奇抜さはある。しかし、ホテル冷蔵庫などには電源スイッチが装着されているモノなどもあるので、それとのアイデアの差別化を表現する必要がある意味で、積み重ね時の電源の供給などに触れれば、よかったろう。No.09「warms egg」:着眼点と気持ちの温かさが伝わってくることで、今後の展開を期待したい。もう少しメカニズムの知識を深めれば、より一層のアイデア展開が見られるだろう。
No.10「街灯ブランコ」:コンセプトに書かれていないが、ブランコを利用することで発電すると解釈すると、照明の形状などを既存の水銀灯のようなモノでなく、さらに、1人乗りのブランコでなく、タンデムの新しい照明ブランコとして発展できそうな気がする。
No.11「THERMO」:楽しい夢のあるアイデアだけれど、ちょっと無理がある感じがある。どうせ、無理をするならば、もっと形状的に冒険してもよかったと思う。
No.12「walk to charge」:スマートフォンに限らず、携帯端末の電源問題は重要なこと。それくらいの範囲で考えてみた方が、造形やアイデアの自由さで面白く発展しそうなアイデア。
No.13「+UTIWA」、No.14「+BRUSH」:着眼はよいと思うが、どこまで説得できるかがポイントかと思う。
No.15「note tablet」:フィロソフィは良いけれど、訴えかけるプロダクトにしないともったいない。
No.16「鳥ほぐし」:先割れスプーンを思い出す。アイデアどまりにせずに、和洋中や道具の素材仕上げでのバリーションをプレゼンすると、より良さが伝わると思う。
●芝幹雄
今回のコンペは「ポスト311の日本のエネルギーとプロダクト」と言うテーマからエナジーハーベストに関する提案が目立ちました。また現実性があると思えるものも数点ありました。
No.01「dynamo sneaker」に関して、現実性はあると思います。しかしスニーカーにケーブルをつなぎ電力を取り出す行為、作法そのものになんらかのアイデアが必要と思います。
No.12「walk to charge」の提案は最近マイクロゼンマイ等で話題性のある分野ですが、デザインがなぜこうでなければならないか、について語るべきではないでしょうか。
その他のNo.06「BICHARGE」、No.09「warms egg」、No.11「THERMO」の3案に関しては発電の原理そのものに対する考察、そしてそれに対する必然的な形と言ったアプローチが見当たりません。
No.07「Solar Blind」は10年ほど前、とあるソーラーパネルメーカーに同様な提案をしたことがあります。それはもう少し規模の大きなカーテンウォールでしたが。あれから社会状況も変わり現実味をおびてきたテーマと思います。しかし多くの人が同様のことを考えているはずです。さらに踏み込んだ提案を期待いたします。
No.04「sustainable energy thermal container」の提案は熱という質の悪いエネルギー(保存性と密度において)を移動させることがテーマと思いますが、ピントがぼやけてしまっているように思います。低質エネルギーの移動をコンテナと鉄道を利用したモーダルシフトによってどの程度効率化できるのか、という点も掘り下げていただきたかった。
No.02「circle」、No.10「街灯ブランコ」は子供が遊ぶエネルギーに着目したところは評価できます。しかしコンセプト、デザインともに今一つ説得力が感じられませんでした。外で遊ぶ子供がいなくなれば街の灯りも灯らないことになるのでしょうか。であればそれをテーマとしてもうひとひねりして、社会問題的なアプローチがあってもよかった気がします。
311以降プロダクトデザイナーのあり方、使命に対して考えさせられる機会が多くなりました。その答えをこのコンペに求めるのは少々重く、そこまでの期待をしていたわけでもありませんが、もう少し共感できる提案があってもよかったかと思います。全体的に問題点に対する掘り下げが不足しているように感じられました。
エナジーハーベストは今後の社会においてその重要性が増していく問題であると思いますが、そこには大きな技術障壁があります。そのことに対してもっと理解を深めていただきたかった。しかし着目点においては理解できるものが多かった気がします。今回のコンペで終わることなくテーマを追い続けていただきたいと思います。
●中林鉄太郎
No.02「circle」:遊具と発電から得られた「電育」というコンセプトを、屋外の大型遊具に展開するアイデアには、行政や教育機関に対する新たな説得材料となるだけでなく、教育面、災害時対応への可能性など広がりのある提案につながる要素を感じました。残念なのは、形状が1種類だけの提案になっていたことです。安全面への配慮や、遊びの楽しさ、他の遊具への展開が示されていれば、よりコンセプトが明解になったと感じます。
No.03「SUNRRY」:折りたたみ機能のあるソーラーパワービークル…という方向性には好感が持て、このような技術をアイデアにした提案は、どのようなライフスタイルや文脈の中に位置づけることで、利便性や快適性がより活きてくるのだろう…と妄想できました。残念だったのは、そのような大きなフレームから思考し具現化したスタイリングが、折りたたむという機能に引っ張られすぎていた点です。
No.04「sustainable energy thermal container」:問題意識への着眼点と、それらを受けた具体的な解決策の提示は、サスティナブルな視点が不可欠な現代のエネルギー需給に対する興味深いアイデアの1つであると感じました。システムからの恩恵だけでなく、農山村と中小規模事業所とのリンクなど可能性を感じる内容も盛り込まれていたことも好感が持てました。強いて言うなら、これらの提案から生じるメリットがライフスタイルに及ぼす関係性が視覚化されていたら、より説得力のあるプレゼンテーションになっていたと思います。
●森屋義男(pdweb編集部)
今年もpdwebデザインコンペにご応募いただき誠にありがとうございました。今年は運営上の理由から、応募者の皆様に賞金を進呈することができず、不完全な形での開催になりました。中止も検討しましたが、震災、原発事故が発生した年だからこそ、プロダクトデザインに何ができるのかを皆様に提示していただきたく、実施に踏み切りました。そんな事情を踏まえた上で、応募いただいた15名の皆様には心よりお礼申し上げます。
さて、皆様の作品からは、被災者の方々への思い、そして当事者意識を強く感じました。エネルギー問題という大きなテーマを、さまざまなモノに落とし込む作業は簡単なことではないと思います。また、製造プロセスの段階から、すべてのモノはエネルギーとは無縁ではないので、「ポスト311の日本のエネルギーとプロダクト」というテーマは、今年に限らず普遍的なテーマとも言えるでしょう。
個別の作品の評価につきましては、審査委員の方々のコメントに加えることはありません。その上で今年は大賞、U22賞は該当作品なしとさせていただきました。その理由を一言で言えば、皆様の思いが機能に向かいすぎて、デザインを語るまでには至らなかったからです。高望みなのかもしれませんが、コンペだからこそ理想は高く掲げていたいと思います。
まだ10代の学生が多かった今年の応募者の皆さんには、これが第一歩になると思います。このコンペに応募したという事実、そして審査員の方々のコメントを励みに、今後、活躍されていかれることを期待したいと思います。
すべての応募者の皆様、審査委員の皆様、そして協賛いただいた各クライアントの皆様に厚くお礼申し上げます。2012年は新たな形でのpdwebデザインコンペを開催できればと考えています。来年もまた皆様にお会いできればと思います。
今年は全応募作品を締め切った段階で、編集部として、スポンサー賞以外の受賞作品は該当作品なしの方向で進めることを審査員の方々にお伝えしました。その評価基準は、応募作品の中からの相対評価ではなく、過去の受賞作品も念頭に置いた絶対評価を前提にしました。また今回は、特定の学校の学生からの応募が大半を占めたため、校内コンペのニュアンスが強くなってしまう可能性を避ける必要性もありました。したがって、審査委員の方々にはコメントのみをいただく形で今回のコンペをまとめさせていただきました。
なおスポンサー賞に関しましては、全応募作品をその対象とし、各クライアント企業様に選定いただきました。
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