リレーコラム:若手デザイナーの眼差し
第151回 柴﨑 廉/空間デザイナー
このコラムページでは、若手デザイナーの皆さんの声をどんどん紹介いたします。作品が放つメッセージだけではない、若手デザイナーの想いや目指すところなどを、ご自身の言葉で語っていただきます。
●ホテル設計の日々
日々の激務に追われる中で、自分が今までどんな仕事をしてきて、どんな姿勢でデザインに取り組んでいるのか、きちんと振り返ったことがなかったなと、このたび整理する良いきっかけをいただきましたので、書いていきます。
私は空間デザインの仕事をしています。所属する内田デザイン研究所では主にホテルの設計を行っています。ホテル設計は個人邸や店舗設計と違い、計画から竣工までに時間を要します。1件のホテルを設計する中にも、住空間となる客室があり、飲食空間のレストランがあり、商空間となるショップがあり、ホテル1件の仕事でさまざまな種類の空間設計の機会に触れることができます。それ故に、さまざまな知恵、テクニック、経験が求められ、楽しくも苦しい日々を送っています。
これまでに温泉郷にある潜窟な旅館や、日本のデザイナーズホテルの先駆けとなったホテルのリ・デザイン、地域経済再生のための温泉街改修など、さまざまな特色を持つ物件に携わってきました。そんな中で印象的だった仕事を紹介します。
●ホテル イル・パラッツォ
福岡市のホテル イル・パラッツォの改修工事は、私が内田デザインに入社して1年経った頃に動き出したプロジェクトです。1989年にインテリアデザイナーでもあり、内田デザイン研究所(当時はスタジオ80)の創設者である内田繁が全体ディレクションと内装設計、建築家アルド・ロッシが建築の基本設計を担当した、デザイナーズホテルの先駆けとなるホテルでした。
しかしバブル崩壊のあおりを受けオーナーが変わり、それに伴い内装デザインの改装が行われ、当時のデザインは失われていました。現オーナーに代わってから原点回帰の機運が高まり、オープンから30年以上の時を経て当時の理念を再生すべく、内田繁の意志を継承する内田デザイン研究所へ改修のお話をいただいたのが、大まかな経緯です。
途中、新型コロナウイルスの影響でプロジェクトがストップしたこともあり、足掛け3年余、総工費18億円の改修プロジェクトでした。私が入社してから初めての、スタートから竣工までの流れを体感できた物件ということもあり、個人的には思い入れの強いプロジェクトでした。全体感や空間設計視点の話は他媒体に掲載いただいているため、今回は物件の一部分にフォーカスし、客室階の廊下につくブラケットライトについてお話しします。
▲ホテル イル・パラッツォ外観写真_Ph:satoshi asakawa。(クリックで拡大)
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▲1989年当時の客室廊下。Ph:Nacása & Partners Inc。(クリックで拡大)
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▲改修後の客室廊下。Ph:satoshi asakawa。(クリックで拡大)
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▲同じく客室廊下。Ph:satoshi asakawa。(クリックで拡大)
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▲同じく客室廊下の上部。Ph:satoshi asakawa。(クリックで拡大)
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●ブラケットライトと光源
1989年当時の客室廊下は、アーチ天井にブラケットライトから伸びた格子の影が美しく映し出される構成で、ミニマルでありながら装飾的でもある印象的な廊下でした。今回の改装のテーマが[リ・デザイン]ということもあり、イルパラッツォの重要なエレメントであるブラケットライトを同じ位置に新たに設計することになりました。
ブラケット本体はあくまで光を作り出す装置にすぎないため、壁と同色の塗装とすることで黒子としました。サイズや角度は光の放射の軌道と照射対象のアーチ天井との距離も鑑みながら、当時の青焼き図面を参考にプロポーションはできるだけ踏襲しています。
当時のブラケットライトにはハロゲンランプが光源として使われ、ブラケットライト内の格子を照らすことで印象的な影を生み出していました。ハロゲンは特性上、照度が高く、影の輪郭がハッキリ出るなどの特徴から、商業施設や舞台照明など幅広く使われていた電球です。
しかし環境配慮の観点から使用を禁止する国もあり、現在はLEDが主流となっています。リ・デザインにあたりLEDにて検証を進めましたが、ハロゲンのような美しくエッジの立つ影は出ません。だからといってハロゲンを使用するわけにもいかず、器具選定に行き詰まりました。経験豊富な照明製作所の方や先輩方に相談し、どうにか狙い通りの影を出せるLEDに辿り着けましたが、今度は影となる格子についても検討を重ねる必要がありました。
器具と格子の距離で映し出される影はぼやけてしまったり、大味になってしまったり、なかなか思うようにいきません。また格子のサイズやピッチも美しい影を出す上でさまざまなパターンを検証する必要があり、実寸のモックアップを用いて何度も実験したのを覚えています。
実験を繰り返す中で、格子を45°振った方が複雑な影になることが分かりました。45°振ることで、壁に映し出される光がダイヤ型となり、アーチ天井に映し出される複雑な格子のラインが廊下を包み、全体をラグジュアリーな印象に仕立てたと思います。たったこれだけの処理でこうも印象が変わるのか、という驚きは自分の中で大きかったです。
▲ブラケットライトの試作写真。(クリックで拡大)
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▲同じく試作写真。(クリックで拡大)
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本来なら、仕事以外にも今私が興味を抱いている事柄や、先述の物件以外の仕事について書く予定でしたが、1件のボリュームが大きいためここまでとさせていただきます。
さまざまな特色の仕事に触れる中で感じたことは、物件によって求められるデザインの答えは異なるということです。しかし共通して言えるのは、施主と、その先にいるお客さま、ひいては社会の発展にデザインの力をもって応えることが我々の仕事だと思います。大げさな話かもしれませんが、そんな信念で取り組んでいきたい、27歳の今の私の所信です。
柴﨑 廉(Ren Shibasaki):1997年生まれ。桑沢デザイン研究所スペースデザイン専攻修了。2019年内田デザイン研究所入社。株式会社霞工房へ出向中。ホテル、商業施設などの家具デザインと製作に携わる傍ら、内田デザイン研究所の設計業務にも従事。
https://www.uchida-design.jp/
2024年12月5日更新。次回は六沼桃子さんの予定です。
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