リレーコラム:若手デザイナーの眼差し
第144回 松岡大雅/建築家・リサーチャー(studio TRUE)
このコラムページでは、若手デザイナーの皆さんの声をどんどん紹介いたします。作品が放つメッセージだけではない、若手デザイナーの想いや目指すところなどを、ご自身の言葉で語っていただきます。
●デザインは破壊の実践であった
本リレーコラムにこれまで掲載されてきた多くの作品が指し示すように、デザインは新たなものをつくり出す実践である。では、その作品たちはどうつくられるのだろうか。その木材はどの森からやってきたのだろう。そのコンクリートは使われた後どこに捨てられるのだろう。そのデバイスの金属はどんな人がどんな環境で採取しているのだろう。
グローバル経済、産業資本主義、植民地主義…これら近代の発明とデザインの発展は不可分である。もはや1つの作品の背後にある全体像を理解するのは不可能であるほどに、複雑に絡み合ったさまざまな構造の上にデザインは成立している。そして、周知の事実ではあるが、こうした近代化が引き起こした気候危機や経済格差などの地球規模の問題に私たちは直面している。こうした問題は私たちの生存に対する脅威として認識されている。つまりデザインは、ものをつくり出す実践であると同時に、地球を破壊する実践でもあった。
●方向転換が迫られるデザイン
こうした状況が明らかになった以上、何らかの方向転換に向けて、私たちデザイナーは努力することが求められている。土着的な技術や産業を活用するローカリティに関する実践、男性が支配的な領域に対するフェミニズムの批判的実践、資源の利活用や廃棄を再利用する循環型経済の実践…これまでデザインが扱っていた領域の外側に、デザイナーの新たな活躍が待たれる地平が開かれはじめている。
より積極的な議論では、問題含みの既存の社会システムの大胆な移行のためのデザインについても検討されている。これは問題そのものに直接的に取り組むだけでなく、私たちの価値観や認識といった根本的な部分にまで及ぶ、ラディカルな方向転換をも含んでいる。
●ありうべき世界に向けた制作
ここまでが私の時代認識でありプロジェクト紹介の前置きである。ここからは、こうした状況に応じていくための実践を家具スケールに絞って紹介したい。もちろん実践の1つひとつに、抜本的に世の中に変革をもたらす力があるとは思わない。ボイコットなどの社会運動やロビイングなどの政治運動と比べれば、家具スケールのデザインには即効性はないだろう。しかしながら、ゆっくりでも確かに、ありうべき世界に向けた方針をデザインから提示することは可能だと信じている。
●椅子の修理:バルセロナチェアとモロッコチェア
これは海外で取り組んだ椅子の修理に関する実践である。身の周りにあったタイルを転用することで、壊れてしまった椅子の修理を行っている。バルセロナでは、革張りの座面が破れてしまったダイニングチェアの修理に取り組んだ。近所のマーケットの屋根の補修工事で出てきて廃棄される予定だった六角形のタイルを用いることで、新たな座面を形成している。モロッコでは、一部が欠けてしまったスツールの修理に取り組んだ。伝統的なモザイクタイルの技法を学び、欠けた部分を補うようにタイルを制作している。
壊れた椅子自体と身近にあったタイルの両方の存在なしには、こういった修理の実践は成り立つことはなかった。デザイナーの創造性はゼロから新しいものを生み出すことだと信じられているが、既存の椅子とタイルを適切に結びつけるといった創造性もあるはずである。こうした条件は、制約ではなく創造のきっかけであり、物と人間の関係性をデザインしなおすことにならないだろうか。
▲粗大ゴミから拾ってきた座面が破れたダイニングチェア。(クリックで拡大)
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▲屋根の改修工事から譲り受けた六角形のタイル。(クリックで拡大)
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▲バルセロナチェア。(クリックで拡大)
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▲作業場に落ちていた座面の欠けたスツール。(クリックで拡大)
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▲欠けた箇所に合わせて新たに制作したモザイクタイル。(クリックで拡大)
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▲モロッコチェア。(クリックで拡大)
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●廃棄の活用:廃材を転用してつくる什器
次に紹介するのは廃棄される予定だった建材を転用して什器をつくる実践である。建築プロジェクトではたくさんの端材や廃材が生じる。こうした廃棄されるものたちをストックしてきた建築家のために、展覧会に合わせて什器を制作した。この什器に用いられたすべての部材は、これまでストックされてきた端材や廃材であり、こうしたバラバラな物たちを調整していきながら制作している。
図面やスケッチを描くのではなく、実際に手で触りながら材料の特徴を把握するところから制作はスタートする。アイデアは自分の側にあるのではなく、素材の側からやってくる。こうしてデザイナー自らが素材に応答していくことで、1つひとつの什器が自然と生まれてくる。デザイナーが主体で素材が客体なのではなく、制作において両者は協働者となれるはずだ。そして意のままに制作を支配するような強い主体性ではなく、あらゆるバランスを調整するような弱い力で行う実践が目指せないだろうか。
▲地下室にストックされていた木材の一部。(クリックで拡大)
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▲異なる端材を組み合わせて脚をつくるスタディ。(クリックで拡大)
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▲廃材を転用してつくる什器。(クリックで拡大)
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●デザインは修復の実践となれるか?
近代以降のデザインが破壊の実践だったとするならば、これからの世界に向けてデザインは「修復の実践」となれるだろうか? それが若手デザイナーとして、自分に投げかけられた問いだと受け止めている。破壊に加勢するか、修復に尽力するか。複雑な時代だからこそ、デザインにできることは無数にあるはずだ。
松岡大雅(Taiga Matsuoka):1995年東京都生まれ。2021年慶應義塾大学政策・メディア研究科修了。
2023年より寺内玲と共同で合同会社studioTRUEを設立。自費出版誌「HUMARIZINE」を行う。
Instgram:@taigamatsuoka
X(Twitter):@Taiga0628
2024年5月7日更新。次回は山下裕子さんの予定です。
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