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コラム
イラストリレーコラム:若手デザイナーの眼差し

第141回 大澤さな子/デザイナー

このコラムページでは、若手デザイナーの皆さんの声をどんどん紹介いたします。作品が放つメッセージだけではない、若手デザイナーの想いや目指すところなどを、ご自身の言葉で語っていただきます。





●ものづくり、デザインとの出会い

はじめに、少し珍しい家業についてお話ししようと思います。私は、鼈甲眼鏡の製作販売を生業とした家に生まれました。

伝統工芸品である鼈甲細工は希少なタイマイというウミガメの甲羅を加工、細工した製品です。水と熱だけで材料同士を圧着し、切削、研磨の作業を経て奥深い艶としっとりとした肌触りが生み出されます。

幼少期を過ごした家兼会社のビルには、両親や祖父、親戚、職人たちが働いていました。幼い頃から2階にある工房に遊びに行っては糸鋸を使っていろいろな形を切り出したり、刻印を打つ機械で火傷したり、バフと呼ばれる研磨機械で美しく光る鼈甲の飴色を眺めたりして、ものづくりととても近い環境で育ちました。そんな私も昨年から実家で働き始めました。

デザインと出会ったのは、中学生の頃、伝統工芸の職人とデザイナーが協働し、新たな伝統工芸品を創出するイベント「TOKYO CRAFTS & DESIGN」でした。その企画で父とコラボレーションした廣田尚子さんが私が初めて出会ったデザイナーでした。

何度かお会いした廣田さんはとても柔らかくて芯のある女性でした。今まで意識したことのなかった身の回りの製品1つひとつに製作者とデザイナーがいることを知った時、一瞬で世界が広がって見え、プロダクトデザイナーという職業を知りました。

その時にデザインされたブックマーカーは限られた素材である鼈甲の端材で作ることをコンセプトとして、小紋柄をモチーフに限界まで細く穿たれたラインは鼈甲の新しい表現でした。制作から10年以上たった今でも東京都美術館のミュージアムショップで取り扱われています



材料となるタイマイの甲羅。表面の模様は水目(みずもく)と呼ばれ、甲羅の内側に自然にできた模様。(クリックで拡大)





甲羅や爪を糸のこで切り出し、何枚も重ねて厚みを出す。(クリックで拡大)




並甲と呼ばれる甲羅の暗い部分で作られた眼鏡。(クリックで拡大)




●空間を意識すること

幸運なことに東京藝大まで歩けるほどの距離で育った私は、油絵をやっていた祖母とよく上野の美術館を巡っていました。彫刻や絵画を鑑賞する時の作品との距離がその作品のもつ空間の大きさを表現し、作品と自分との間(ま)を無意識に感じさせることで作者の思想を体現しているように感じます。

美術作品に限らず、人と物の間には必ず空間が存在していて、物を置く空間が物に対して大きな影響を与えています。それは置かれる台や床、内装のすべてが常に物と干渉し合っているということです。物をデザインする際にもそうした周りの空間について意識を向けており、こうした思想は大学の頃の作品作りでも大きく関係していました。

大学ではインテリアデザインを専攻し、内装デザインだけではなく、素材や空間を意識したインテリアプロダクトを学びました。卒業後は設計事務所の家具チームに所属し、より空間に適した家具の設計を担当させていただく機会が多い中で、家具だけでは作り出せない空間のデザインを学ぶ刺激的な日々でした。その後当時の職場の先輩である、Spicy Architectsの山本さんと設計させていただいたLight Up Coffeeの店舗について紹介させてください。


●Light Up Coffeeの設計

自動車整備工場や電気店が営まれていた2階建ての建物をリノベーションし、1階を焙煎スペース兼カフェと生豆保管場、2階をコーヒー豆の梱包や発送作業場、事務所として利用する計画で、設計を担当したのはその1階部分でした。

以前自動車整備工場だった背景から道路に接する前面がすべてシャッターで、天井まで開け放つことができる建物でした。シャッターを開けることで外部と何の隔たりもない解放感のある空間が生まれ、自転車に乗った親子や犬の散歩をしているご近所さんたちをとても近くに感じることができるアットホームな空間がありました。この解放的な場所をカフェとすることで、街の中で自由にコーヒーを楽しみ、外にいるようなラフなコミュニケーションが生まれることを期待して「ストリートラウンジ」と題し設計を進めていきました。

カフェスペースには、KIOSK(売店)、4mのハイテーブル、2人掛けのベンチを設け、KIOSKは存在感のある焙煎機と対をなすように、前面道路に向けてシンボリックな設計としました。大きなハイテーブルは、共有することでスタッフや隣の人との会話が生まれるように、ベンチは外にも手軽に持ち出せるように。また、作業場である無機質な焙煎所に対して、家具は節の強い無垢の杉材を使用しています。それぞれの接合部を現場で手刻みで組むことによって、同じ空間で手間暇かけて焙煎されたコーヒーに呼応する納まりを目指しました。

彫刻作品そのものだけでなく、作品と鑑賞者の間(ま)自体が意味を持つように、私たちがデザインするカフェなどの空間も、空間そのものと、それを利用する人々の暮らしや営みとの距離感を意識することが、空間を作り出すヒントになると考えます。物と人、空間と暮らしの心地よい距離感を大切にしながら空間デザインに携わっていければと思っています。



Light Up Coffee三鷹店。(クリックで拡大)





Light Up Coffee三鷹店。(クリックで拡大)




Light Up Coffee三鷹店。(クリックで拡大)





●手でデザインしていくこと

現在は眼鏡を主に、鼈甲という素材と向き合う日々です。今まで装飾品や実用的な小物が多かった鼈甲を新しい見方で捉え直し、伝統工芸という肩書きに縛られずに素材としての面白さを引き出していけたらと思っています。

とはいえ、内装や家具の仕事もまだ欲張って続けています。1mmほどのネジを扱いながら、内装の仕事をする状況に困惑しながらも、「眼鏡もちっちゃい建築だと思えばいいよ」というアイウェアデザイナーの教えを半信半疑に受け何とかこなす日々です。ですが、素材と向き合い形を決めていく作業はどんなにスケールが違おうと考え方は同じであると感じています。

そして幼い頃から手でものづくりをしてきた経験から、設計業務の中でも自分だったらどう素材を切り、組み立て接合するかということを常に考えてデザインを進めていきます。今後も自分の手で作ることを忘れずに、デザインができたらなと思います。



大澤さな子(Sanako Osawa):1997年生まれ東京都出身。2020年に武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科インテリアデザイン専攻卒業。卒業後、スキーマ建築計画家具チーム勤務、フリーランス、大澤鼈甲勤務。
https://www.osawabekko.co.jp/



2024年2月8日更新。次回は田中聡一朗さんの予定です



 


 


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