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コラム

神が潜むデザイン

第71回:丹下健三による広島平和記念公園/成瀬友梨

「神は細部に宿る」と言うが、本コラムでは、デザイナーがこれまでに「神」を感じた製品、作品、建築などを紹介していただくとともに、デザイナー自身のこだわりを語っていただきます。

イラスト[プロフィール]
成瀬友梨(なるせゆり):2004年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。2007年同博士課程単位取得退学。2007年成瀬・猪熊建築設計事務所共同設立。2009東京大学特任助教。2010年~2017年東京大学助教。2022年よりグッドデザイン賞審査員。代表作に「お宿Onn 中津川」「LT城西」「柏の葉オープンイノベーションラボ」「ソウルメトロ・ノクサピョン駅デザイン改修」など。主な受賞に、第33回AACA賞優秀賞、大韓民国公共デザイン大賞国務総理賞、第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展出展特別表彰。著書に『シェア空間の設計手法』、『子育てしながら建築を仕事にする』。
Ph:naoakiyamamoto



●広島の平和記念公園

神様との出会いは、高校2年生の時でした。

修学旅行で広島平和記念公園を訪れた時のことです。原爆でどれだけ多くの人が亡くなり、凄惨な廃墟から多くの人の力で今の広島の姿があるのだということは、事前に教えられ、この場がどれだけ大切な場所なのかということも高校生ながらに知ってはいたものの、実感のないままバスを降りたのを覚えています。

そこに現れた、高さを抑えながらも完全にその場を制する気に満ちた建物。全身がピリッとしました。道路から建物に近づくにつれ、緊張感が高まりました。資料館を見学したあと、ピロティで語り部のおばあちゃまから当時のお話を伺い、心の底から皆涙を流しました。

その体験もセットだからかもしれませんが、ピロティから慰霊碑、そして遠くに原爆ドームを望む光景が、今でも忘れることができません。観光シーズンではなかったので、人もそこまで多くありませんでした。太陽が照りつける影ひとつない巨大な空間の中に、孤独に配置された慰霊碑、哀しい姿で佇む原爆ドーム。屋根や壁で覆われているわけではないのに、この場の空気が他と全然違い、静かで真剣な心持ちにさせられる。これは一体なんなのだろう、と衝撃を受けました。

平和記念公園は著名な建築家たちによるコンペで計画が選ばれ、原爆ドームを一番重要な軸線の先に位置づけた、建築を超えた都市空間を丹下健三が提示したということを後に知るのですが、当時は何が何だか分からないまま、ただその場に満ちる空気に圧倒されていました。

高校生の時、建築家という職能があることは分かっていませんでしたが、東京に出てきてから代々木体育館も丹下による建築だと知り、人工物によって空気を制するその力に魅力を感じ、建築家を志そうと思ったのでした。私にとっては丹下が建築の神様なのです。

●ソウルの地下鉄ノクサピョン駅

実際に実務を始めた頃は、ちょうどリーマンショックと重なり、華々しさとは無縁のスタートとなりました。マンションのリノベーションや展覧会への出展などが中心で、依頼された仕事に必死に向き合う日々が数年続きました。

独立してちょうど10年くらい経った頃でしょうか。平和記念公園のスケールには到底およびませんが、大きな空気を扱うプロジェクトが始まりました。以前に韓国のソウルで参加した展覧会からのつながりで、ソウルの地下鉄ノクサピョン駅の改修コンペに参加できることとなったのです。これは6カ国から彫刻家、造園家、デザイナーなどが集められた国際コンペで、建築家は私たちだけでした。対象であるノクサピョン駅の隣には、長い間海外の軍部隊の基地として使われ、2017年に市民の公園となることが発表された場所があります。コンペでは、この市民公園化と連動して地域を盛り上げるために、地下鉄駅を日常でアートを感じる空間にしてほしいというテーマが与えられました。

そこで私たちは、この駅の空間を、これから始まる地域の未来を讃え、平和を願うような、明るく優しいメディテーションの場にしたいと考えました。

駅にはもともと、地上から地下4階までという不必要に大きな吹き抜けの空間がありました。私たちが具体的に作り出したのは、吹き抜けの中に宙吊りにした、真っ白なエキスパンドメタルの巨大なドームです。ローマのパンテオンが陰影を強調するのに対し、私たちのドームは既存の駅舎の風景を薄い霧の中のように抽象化し、微細な光の変化を際立たせます。天窓からの直射光がドームの一部を照らして滲み、時間とともにゆっくりと動き続けたり、ドーム全体が柔らかく明るくなったり、夜には周囲の人工照明を背景にドームの影が浮かび上がったり。周囲の回廊からは、ドームはとてつもなく大きなランタンのようにも見えます。

計画が完成し、駅が日常的に使われているのをみると、それまでスマートフォンの画面を眺めるだけだったエスカレーターの利用者が、ふと顔をあげたり、吹き抜け空間の写真を撮ったりする光景に出会います。

この計画は当初5年間という期限付きでしたが、今の所解体される予定はないそうです。神様は遥か遠くにいるけれど、少しだけ近づけたでしょうか。


(2025年2月14日更新)


「Dance of light」(ソウルの地下鉄ノクサピョン駅)。Ph:西川公朗。 (クリックで拡大)


▲「Dance of light」(ソウルの地下鉄ノクサピョン駅)。Ph:西川公朗。(クリックで拡大)






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