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コラム

神が潜むデザイン

第68回:フラーによる不思議な構造体/鳴川 肇

「神は細部に宿る」と言うが、本コラムでは、デザイナーがこれまでに「神」を感じた製品、作品、建築などを紹介していただくとともに、デザイナー自身のこだわりを語っていただきます。

イラスト[プロフィール]
鳴川肇(なるかわはじめ):1994年芝浦工業大学工学部建築工学科卒業、1996年東京芸術大学美術専攻科修了、2001年VMX Architects、2003年佐々木構造計画研究所、2009年オーサグラフ(株)設立(現職)。同年オーサグラフ世界地図発表(ICC)、2011年ジオコスモス、ジオパレット、ジオスコープ設計協力(日本科学未来館)、2015年慶應義塾大学政策・メディア研究科准教授(現職)、2016年グッドデザイン大賞(内閣府)、2017年Ranald MacDonald prijzen受賞。2017年 Geodome4設計(the NorthFace)、2023年テンセグリティツリー(HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE)、日本地図学会論文賞。



●重力を感じない佇まい

テテンセグリティ構造(図1)と名付けられた構造体が1962年に発明されました。

「単位空間あたりに使用される構造材料がもっとも少ない」合理的な構造体です。(Fuller, 1962年)。多数の小さなポールが圧縮を担い、ワイヤーが引張りを担うことで成立している構造体です(図2)。その結果、ポールがワイヤーの網の中に浮かんでいるような不思議で美しい構造体です。そのワイヤーの網の中を張力が流れて力を分散しています。

ポールもワイヤーも長さが数種類だけしかなくシンプルで美しい。重力を感じない佇まいは魔法をかけられたような気分になります。ただしすべてのワイヤーに張力を導入できないとその魔法はかかりません。そんな技術のハードルがあり、手のひらサイズでも作りづらいことが知られています。

具体的な技術のハードルを説明します。それは作りやすくすると美しくなくなるという課題です。通常の場合、すべてのワイヤーをピンと張るには長さを調整できるターンバックル(図3)をつける必要があります。ターンバックルは身近な鉄骨や木造の建物でも見えるかもしれません。それらの柱梁に引張ブレース(筋交)がついており、必ずターンバックルがついています。ですがシンプルなテンセグリティにこんなターンバックルをつけると醜くなります。

テンセグリティは、引張材のワイヤーと圧縮材のポールでできています。無駄のない構造ゆえにターンバックルは余計な要素として悪目立ちしてしまいます。これはテンセグリティ製作者が誰しも悩む課題でした。

●テンセグリティ球の製作で直面した課題

2022年夏、株式会社ゴールドウィンからアートワーク製作を依頼されました。原宿に新築されたノースフェイスのビルに展示するアートワークの依頼です(図4)。そして学生たちと90本のアルミポール製テンセグリティ球を設計、製作することになりました。こうして上記のターンバックルなしでもピンと張るには? という課題に取り組みことになったのです。

その結果「ターンバックルには到底見えないターンバックル」を考案するに至りました(図5)。

言い変えると「ポールに見えてターンバックル」を考案したのでした。仕組みを説明します。テンセグリティ球体は直径に対して各ポールの長さの比率が決まっています。よってポールを長くすれば直径も大きくなります。そのときワイヤーの長さが変わらなければ直径が大きくなることに”ついていけず”にピンと張る、仕組みです。

過去に類似した原理を思いついたのは私だけではないと思います。ですが単なる原理であり思いつきレベルのものでした。思いつきの実物を作る人のみが直面する課題があります。加工の難易度はその1つです。棒を伸縮する機構を棒の中に加工しなければなりません。ですがテンセグリティは無駄のないため通常の構造体より部材が細い。その加工によって棒の強度が失われてはなりませんでした。テンセグリティは無駄がなく、うっかり穴を開けると断面が欠損し強度が失われます。

その上で設計したのが写真のような試作でした(図6)。端部にはワイヤーを係留する部品を作ります。それを棒の軸部にネジ式で取付く仕組みにします。ねじ込むポールの軸部にネジを切り取付けられつつポール軸部を回すと全長が伸縮します。だが、これではねじ込み切らないといけない部品を途中で止めている不安定な状態なだけです。「作る人のみ直面する課題」とはこれでした。年単位で展示するとなれば繰り返す振動で張力が緩む方向に軸部が回転してしまいます。

解決方法は意外にも簡単でした。ねじ山を切った軸部の先端を5ミリほど切り離すというディテールでした。この「タップを切った軸部の先端」はダブルナットと同じ役割を果たします。所望する長さにネジを回したら、途中止めの不安定状態でも「タップを切った軸部の先端」を逆回転してかしめることで長さを固定できたのでした(図7)。

この案は協力会社の株式会社鎚絵の大野さんと藤波さんの閃きです。鎚絵には過去にも難しい製作で助けてもらいました。今回も他ではできない高度で美しいディテールの加工をお願いしました。

さてこのコラムシリーズのテーマは「細部に宿る神」です。フラーが発明したテンセグリティも、技術として完成させるのは鎚絵の現場の技術者だと思っています。発明者やデザイナーではなく技術者が細部に美を宿らせている事実をいつも心に留めて創作活動しています。



(2024年11月18日更新)


▲図1:バックミンスター・フラーの特許に描かれたテンセグリティ球の図版。270本の棒を単一の長さにできるという実施形態案。R.B.Fuller, 1962.Tensile Integrity Structures, US.Pat. 3063521. Fig10
(クリックで拡大)


▲図2:図1に掲載のテンセグリティ実施例を再現検証したもの。設計および製作:山下麗、鳴川研究室所属修士(当時)。Ph:Tomohiko Tagawa。Nodal Echoes展、The Forum Setagayaにて。(クリックで拡大)


▲図3:ターンバックルの一例(箱根西麓・三島大吊橋の接合部)。Ph:鳴川肇研究室。(クリックで拡大)


▲図4:鳴川研究室が製作したテンセグリティ90。Ph:鳴川肇研究室。(クリックで拡大)

▲図5:ターンバックルには到底見えないターンバックルの試作。Ph:鳴川肇研究室。(クリックで拡大)


▲図6:棒の軸部を回すと全長が変わる仕組みの詳細部分。Ph:鳴川肇研究室。(クリックで拡大)


▲図7:途中でねじ回すのを止めても安定する仕組みの詳細。Ph:鳴川肇研究室。(クリックで拡大)





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