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コラム

神が潜むデザイン

第66回:パリの備忘録/隅谷維子(アオイデザイン)

「神は細部に宿る」と言うが、本コラムでは、デザイナーがこれまでに「神」を感じた製品、作品、建築などを紹介していただくとともに、デザイナー自身のこだわりを語っていただきます。

イラスト[プロフィール]
隅谷維子(すみたにゆきこ):アオイデザイン一級建築士事務所。1973年大阪府池田市生まれ。1996年大阪大学工学部建築工学科卒業。1999年大阪大学大学院修士課程修了。1999年~2001年シーラカンスK&H、2001年~2007年ジェネラルデザイン勤務の後、パートナーの青山茂生(あおやましげお)とアオイデザイン共営。
https://aoydesign.com/

Ph:大谷宗平/Nacasa & Partners



●パリの4月

4月、オリンピック前のパリへ行ってきた。

期待していたような春の兆しはなく、いまだ冬にどっぷりと囚われたような天候だった。祭典の高揚感は感じられなかったが、開幕に向け至る所で改修工事が行われていて、観光客は多く、お祭り前の喧騒があった。

プロジェクト現場と自宅周辺をウロウロするコロナ禍のひっそりとした生活を経て、悩んだ末に選んだ旅先は、私にとっては大学生時代に訪れて以来29年ぶり、パートナーの青山は初のパリ。

この29年で見どころが(少しは増えているものの)さほど変わっていないということに驚きつつも、短いスパンで新陳代謝していく日本の建築とはまったく異なる時間軸で、都市の歴史を重ねているということを再認識する。時を経て変わるのは向こう側ではなく、多少とも経験を積んだ私のほうの視点・視野なのかもしれない。そんなことを思いながら、東京では桜が散る頃フランスに向けて出発した。

●ル・コルビュジェの晩年期の建築

フランスといえばル・コルビュジェ(1887年-1965年)。前回の訪問では叶わなかったロンシャン礼拝堂や、リヨン経由でラトゥーレット修道院にも足を延ばしてきたが、サヴォア邸やラ・ロッシュ-ジャンヌレ邸などは、29年前に比べてずいぶんと綺麗に保全・管理されていた(私の記憶が正しければ)。

ロンシャン礼拝堂(1955年)とラトゥーレット修道院(1960年)は、どちらも神に祈りを捧げる場としてコルビュジェの晩年期の僅か5年差で竣工している。有機的な形態のロンシャンに対して、矩形で構成されるラトゥーレットと、同時期の建物としてはまったく様相は異なるが、極限まで明度を絞り込んだ室内に彩色された光が幻想的に差し込み、いずれも圧倒的なまでに神々しい。

言わずもがなの名建築なのでここで多くは語らないが、実際に訪れて印象的だったのは床につけられた傾斜だ。ロンシャン礼拝堂では内部の床が祭壇に向かってわずかに下っている。写真では意識しないほどの緩やかな勾配だが、ひとたび内部に入ると無意識に身体が傾斜の下方に向かい、祭壇への求心性を感じさせる。敷地の高低にあわせた勾配という説もあるが、圧倒的な存在感を放つ美しい27枚の光窓のある壁面に対して、散漫になりがちな意識を祭壇に向かわせる絶妙かつ絶対的な仕掛けだった。

一方のラトゥーレット修道院では、食堂から聖堂入口へと続く長い廊下が下り勾配になっており、宿泊棟から聖堂に向かうと、一旦食堂棟への上り勾配の廊下を経てその後下る。食堂棟を地面から持ち上げたかったがための解だろうが、階段ではなくスロープにすることで各棟がシームレスにつながり、また下りていくという所作が聖堂の静謐さを増している。リズミカルに構成されたサッシから、回遊性のある傾斜路に刻々と移ろいゆく光の景色は、息をのむほどに美しかった。

●モノの存在感とは

ル・コルビュジェと同時期に活躍したミース・ファン・デル・ローエ(1886年-1969年)が「神は細部に宿る」の言葉を残した(とされる)。建築設計をしていると、細部(ディテール)=施工上の細かい納まりのことをついイメージしてしまうが、もっと広義で、モノの細部に至るまで、つまりデザインや思考の解像度をあげることで、そのモノが圧倒的な存在感を放つということなのだろう。

そういう意味では、パリでみたジャン・ヌーベル設計のフィルハーモニー・ド・パリ(2015年)、ケ・ブランリ美術館(2006年)、カルティエ財団現代美術館(1994年)、アラブ世界研究所(1987年)も、一切の妥協を感じさせないディテールと、時間に左右されない素材を巧みに使い、鬼気迫る圧倒的な存在感を放っていた。こちらについては、建築実務を経験した今だからこそ分かるデザインを完工する気概・気迫のような感じだ。

最後にラ・ロッシュ-ジャンヌレ邸のエントランスホールに置かれたLC2を紹介して、コラムを終えたい。コルビュジェ設計の、直線・直角で構成されたフォルムが殊に美しいソファだが、訪れる人に使い込まれて原形をとどめないほどクタクタになっていた。座ってみるとこれが驚くほどの座り心地で、包み込まれるようなフワフワとしたフィット感は、人をだめにするソファの如く。もしやこれが完成形なのではと思うほどだった。経年で味わいを増す素材(皮)であること、硬質な素材(スチール)でフレーミングされているというデザインがあってこそだが、長年にわたって使い込まれたモノが放つ、ある種の神々しさがあった。

神は細部に宿るのみならず歳月とともに増すようだ。そう考えると、むやみに取り壊さず古いものを脈々と受け継ぐパリの街が、人々を魅了してやまないのも頷ける。



(2024年9月17日更新)


▲「ロンシャン礼拝堂」。Webマガジン「#casa」より引用。(クリックでリンク)


▲「ラトゥーレット修道院」。(クリックで拡大)


▲ラトゥーレット修道院の外観。(クリックで拡大)


▲「フィルハーモニー・ド・パリ」。鳥の形のアルミパネル。7種類のパターンを1セットで反復。(クリックで拡大)

▲(クリックで拡大)


▲「ケ・ブランリ美術館」。通りに面する建物部分はガラス+樹木、壁面緑化で覆われ、街に溶け込む。大きな建物だが、圧迫感を与えないボリュームの作り方、素材の選び方、色合いなどが絶妙。(クリックで拡大)


▲カプセル型のガラス(アクリル?)に入った展示は、正面性(裏)がなく全体が等価な空間構成。(クリックで拡大)


▲「アラブ世界研究所」。29年前に見た時から色褪せていない、時代に左右されないデザインと佇まい。(クリックで拡大)



▲ラ・ロッシュ-ジャンヌレ邸の「LC2」。(クリックで拡大)


▲「LC2」の出荷時状態のフォルム。カッシーナ・イクスシーより引用。(クリックでリンク)





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