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コラム

神が潜むデザイン

第60回:融解と拮抗、時間を内包するかたち/桝永絵理子

「神は細部に宿る」と言うが、本コラムでは、デザイナーがこれまでに「神」を感じた製品、作品、建築などを紹介していただくとともに、デザイナー自身のこだわりを語っていただきます。

イラスト[プロフィール]
桝永絵理子(ますながえりこ):1988年東京都生まれ。2013年慶應義塾大学環境情報学部卒業。2015東京藝術大学大学院修了。2015年~2021年伊東豊雄建築設計事務所勤務。2022年より建築からプロダクトなど分野を横断した活動を行うAATISMOを主宰。古代や歴史のリサーチをもとに、地域の素材や協業する企業の技術を活かした設計を行っている。主な展示・受賞歴にMilano SaloneSatellite2022&2023, Red Dot Design Award、Under 35 Architects exhibition 2023出展など。
https://aatismo.com/



自然が創る環境と、人の造る建築が時間を経ながら動的に融解しつつ拮抗するとき、なにか説明のつかない美がたち現れ、そこには“神”といえるようなものが宿るのではないか。以前、インド北部のラダックという地域にあるチベット仏教僧院や、遊牧民のテントで数カ月間暮らした時にそんなことを考えた。

●峠を越えて、ラダックへ

インド北部のマナリから過酷な乗合のバスに揺られること約14時間、ヒマラヤ山脈とカラコルム山脈の間のインダス河源流域に位置するラダックに到着する。この地は世界でもっとも標高の高い高山地帯であるため、山々には草木も生えず、砂漠のような大地の様相を呈している。

各地に点在するチベット仏教僧院(ゴンパ)建築は、宗教観や死生観、自然観などさまざまなものを反映するように山々の頂や谷合、棚田状の土地などの特徴的な地形の中に建てられている。

●自然と人間がつくる柔らかな輪郭

その僧院の1つ、1831年にツルティム・ニマによって創建されたリゾン僧院は砂岩の断崖の合間に抱かれるように建っている。純粋に僧の修行のみを目的としており、20人ほどの僧侶と、麓には少年僧が暮らしている。この地を訪れた時、すべてを露わにしてしまう荒涼とした大地の中で、僧院が建築として人々を力強く受け止め拠り所となっている、その異様で圧倒的な建ち姿に心を奪われた。

約1カ月ほど、僧侶と同じように半屋外的な場所を巡り、夕日を眺めたり、寝そべったり、座って会話をしていると、そこには素朴ではありながらも現代では見失われてしまっているような時間の過ごし方や多様な空間の使い方、人と人の関係があるような気がした。同時に、1つの建築で過ごしているというよりはもっと大きなものの中に自分がいるという感覚が強くなっていった。

こうした根源的なものへ立ち返らせてくれるような建築はどうしたら実現できるのか、その所以を体感的に理解したいと思い、その場に落ちている砂を水彩絵具と混ぜながらスケッチをしていった。描き続けているうちに、建築もスケッチと同じようにそのあたりにある石や砂などからできており、補修の度に外壁に石灰を水に溶いた液状の灰がまかれ続けることで、輪郭を失い、建築と大地がつながるように同化しているところや、大地をそのまま建築に取り込んでいるところが数多くあることに気づいた。

生命の兆しがないような荒涼とした大地の中に、幾何学をもとに造られた力強いかたちが存在することへの畏怖と安堵。そしてそれが時間を経ながら自然環境に晒されると同時に、絶え間なく人の手がかけられ愛着のうちに柔らかな輪郭となることで宿る、永遠性と移ろい変化する祈りのかたち。時間とともに複雑で多義的な意味を内包した、説明し難い美がたち現れるとき、神の存在を感じるのかもしれない。

●生活と創作が地続きになる暮らし

僧院でしばらく過ごした後、偶然の導きから遊牧民の暮らすテントで数日間生活を共にする機会を得た。彼らはその場所に引き継がれてきた石と、ヤクの毛から作った布、数本の木材のみを使ってテントを建て、連れているヤギの毛からカーペットや服を作ったり、ミルクからチーズを作ったりしながら厳しく広大な大地の中で季節に合わせて場所を転々と遊牧ながら暮らしていた。

僧院でも感じた、生活と創作が自然環境とも地続きとなった生き方のよりプリミティブな姿に、人も建築も自然のサイクルの中の一部であることの謙虚な美しさを改めて考えさせられた。

●「ハニヤスの家」

私はこのラダックでの経験を経て、人が造る建築と自然が創る環境とが、どちらかが優位になることなく融解しつつ拮抗するような関係を目指すことによって、現代において根源的に必要なものを見つめなおす空間や暮らしを提案したいと思っている。

現在計画している「ハニヤスの家」は、鎌倉の山間に暮らす陶芸家の両親の住む古家に私たち建築家の娘夫婦が移り住み、生活と創作が分け隔てなく共存する“原初の住処”をつくる自邸の増改築計画である。

母家の四隅に土の塊のような部屋を増築して母家を補強する計画だが、その増築部分に敷地の土や、陶芸で使う粘土、金属の粉など身近な素材を用い、大地や素材と対話をしながらつくることで、陶芸のような人工物でありながら自然物でもあるような複雑な色合いや景色を持たせ、経年変化によって時間を内包し、度々手を加えて更新し続けるようなことができたらと考えている。

「ハニヤス」とは日本神話に登場する土や陶芸、大地を司る神さまの名前だ。少し大げさなのだがその名前をつけることで、この家が陶芸や建築といった枠を越えた存在であったり、創作と生活が一体となったようなプリミティブな暮らしを受け入れるような建築になることを目指したい。




(2024年3月14日更新)



▲果てなき道を高山病になりながら延々と行く。(クリックで拡大)


▲砂岩の断崖の合間に抱かれるように建っているリゾン僧院。(クリックで拡大)


▲石灰によって大地と同化した僧院と僧侶。(クリックで拡大)


▲その場の砂と水彩絵具で描いたリゾン僧院のスケッチ。(クリックで拡大)


▲遊牧民のテント。今ではこうしたヤクの毛からできるテントも減ってしまっている。(クリックで拡大)


▲床にはカーペットを敷く程度で大地や石がそのまま表れている。 (クリックで拡大)


▲鎌倉市に計画中の自邸「ハニヤスの家」。既存の母屋の四隅に複雑な景色を持った増築を行う。(クリックで拡大)


▲素材の実験。庭から掘り出した土や、素焼きした陶芸用の土などに釉薬をかけたものなど。(クリックで拡大)






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