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コラム

神が潜むデザイン

第31回:増幅する世界/山田紗子

「神は細部に宿る」と言うが、本コラムでは、デザイナーがこれまでに「神」を感じた製品、作品、建築などを紹介していただくとともに、デザイナー自身のこだわりを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
山田紗子(やまだすずこ):1984年東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。2007年~2011年、藤本壮介建築設計事務所勤務。2013年、東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻修了。現在、山田紗子建築設計事務所代表。京都大学、明治大学、ICS非常勤講師。代表作に「Pillar house」(東京都美術館/2012年)、「daita2019」など。第三回建築設計学会賞大賞受賞、第36回吉岡賞、Under35 Architects exhibition 2020ゴールドメダル受賞。
http://www.suzukoyamada.com/



●ウィーンの街のカフェ

都内で小さな古民家の改築を進めている。元々茶室だったその小さな小屋は、3方向を緑豊かな庭で囲まれている。古い建具のゆらめくガラスにその緑がぼんやりと反射して、それを室内から眺めると柔らかくとても綺麗だった。改築によって、外の気配が建物にじんわりと入ってくる様を、より鮮やかに体験できると良いと思った。

反射ということで思い出すものの1つにウィーンの街のカフェがある。仕事でウィーンに数日滞在する機会があり、朝や昼食時にカフェに入るのが楽しみの1つだった。ウィーンはカフェの街である。街のいたるところにカフェがある。そして一歩中に入るととても濃密な空気が漂っている。まず甘い匂い。砂糖と卵と粉が練り合わされて整えられた艶めく洋菓子たちがショーケースにじっと並んでいて、そこから鼻の奥を抜けて脳を刺すような甘美な空気が流れ込んできた。

床には水を張ったような光沢を持つ大理石が敷き詰められている。天井から吊るされたシャンデリアもその真鍮やガラスの表面に光が回り込み、甘く濃厚な空気を映し込んでいた。艶やかに磨かれた石のテーブル、シルバーのシュガーポット、運ばれてくるカップアンドソーサ、甘いコーヒーにさらに砂糖を溶かし入れるためのスプーン、そのすべてが周囲の風景を映し込んで、どこまでが現実世界か分からなくなるまでの無数の光の像が目の前に浮かんでいた。そして何よりも壁のモールディングにはめ込まれた鏡面が、こちらの世界をさらに奥へ奥へと無限に複製していた。

窓の外から入り込んでくる光の粒と、かちゃかちゃと響くカトラリーの音、甘い香り、それらすべてがこの映り込む世界で反射と共鳴を繰り返し、濃密な空気であったことが今でも頭によみがえる。

●アボリジニの伝統的な楽器

「ディジャリドゥ」という楽器がある。オーストラリアのアボリジニの伝統的な楽器で、もともとシロアリに中身を食べられたユーカリの流木を用いて作られていたらしい。この楽器はくちびるを震わせながら息を吹き込むと、非常に不思議な音が響く。シロアリが食い尽くしてできた空洞の中で音が共鳴し、もともとの音がより高い倍音となって放出される。

音と音がふるえ、ぶつかりあい、響き合うことで、人工的な音とは言い難いなにか不思議な音色となるのだそうだ。このディジャリドゥの演奏を聴く機会があった。それは楽器の音というよりは地響きのような、自然界で起こる音のようなもので、まさに神のみぞつくりだすことのできる音色であった。

それがディジャリドゥ奏者によって、あるリズムをもって語り掛けるような響きとなり、それらが連なり、音域を変えていくことで音楽になっていく。音楽の前に音がある。音の前にちいさな振動がある。それらが共鳴し合い、増幅して、意思をもつことで音楽となる。音楽のはじまりを見たような気持ちになった。

●古民家の風景を増幅

古民家のリノベーションの設計時にこのようなことを考えていた。建物の外にはささやかな庭があり、そこに風が通ると草木がざわざわと楽し気に揺れて、太陽の光がちらちらと壁面に映り込んでいた。この光や揺れる枝葉の形、色、それらの存在が室内にも入り込み、その中でまた増幅していくような空間の作り方ができないだろうか。

古民家の構造材は幸いかなりきれいな状態で残っていて、木の柱や梁などの横架材はほとんどがそのまま使用できた。また構造的に弱い部分については新しい木材を入れることになった。リノベーションは、古い材料を使いまわしたり、新しい材料が加わったりと、小さな空間を切ったり貼ったりするような作業である。そこで新しく入れる材料はなにかしら光や音を反射するようなものや仕上げ方を選んでいる。

たとえば、構造を補強するために用いる構造用合板というものがある。薄い針葉樹の単板がラミネートされたもので、表面は独特の木目や節が出るのだが、その図柄を残しながらも、表面に特殊なフィルムを密着させることで、目の前の風景がゆらゆらと映り込むようにした。木目と風景がちょうど半分半分くらいに浮かび上がる。庭には、カーテンをかけている。スポーツウェアの裏地に使われるようなメッシュの生地を重ね合わせ場を柔らかく囲うと同時に、小さな光の粒子をたくさん纏わせようと考えている。またカーテンが風にたなびき、そこにある空気の流れを目に見える形として風景に取り込みたい。

これらは現場で製作中のものであり、総体として、先述のウィーンのカフェやアボリジニの楽器のような増幅が起こるかどうかはまだ分からない。現場では、使用するマテリアルとそれらの出会い方ひとつひとつを慎重に確認しながら、立ち現れる空間と常に見合い、仕上げの作業を続けている。

それぞれが共鳴し、風景を増幅することができたら。それは、人の仕業だけれど、それ以上のもの、になるのかもしれない。


(2021年7月16日更新)



▲カフェ ザッハーウィーンの入り口。インテリアの鏡面が外の通りを映し込んでいた。(クリックで拡大)


▲カフェ ザッハーウィーン内部。赤を基調とした内装で、やはり鏡面がはめ込まれていた。トレーも鏡面。(クリックで拡大)


▲カフェ ツェントラル。中央のショーケースに洋菓子がずらりと並ぶ。大理石の柱、床、テーブルが艶やかに光を反射していた。(クリックで拡大)


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