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コラム

神が潜むデザイン

第14回:原型は神? 水廻り器具を事例に/橋田規子

「神は細部に宿る」と言うが、本コラムでは、デザイナーがこれまでに「神」を感じた製品、作品、建築などを紹介していただくとともに、デザイナー自身のこだわりを語っていただきます。

イラスト
橋田規子
:プロダクトデザイナー。東京藝術大学美術学部デザイン科インダストリアルデザイン専攻卒業後、東陶機器株式会社(現在TOTO株式会社)入社。2008年TOTO株式会社退社後、NORIKO HASHIDA DESIGN設立。2009年芝浦工業大学デザイン工学部デザイン工学科教授。2011年工学博士。2009年度~グッドデザイン賞審査委員、2015年~キッズデザイン賞審査委員。Red Dot Award、グッドデザイン、IAUD賞など多数受賞。エモーショナルデザインの研究をしつつ、心地よいプロダクトデザインを創出している。
https://hashidalab.com/#



松井さんからこのコラムのバトンを渡された。気軽に受けてしまったが、正直、神を感じるデザインというテーマは難題。せめて、いままでのコラムにないジャンルを交えながら話題を提供したい。

●ヤゴブセンとスタルクの水栓金具

私は過去、水廻り器具の会社TOTOでデザインをしていたので、この分野のデザインやデザイナーについて書いてみようと思う。水廻り器具は、水栓金具、トイレバス関係、キッチンなどの製品を指し、自動車、電子機器、家電に比べて、デザインの話題に出る機会は少ない。しかし、長い歴史があり、ミラノサローネでは隔年で水廻り器具が展示され、華やかな世界が繰り広げられる。

私自身、水廻り器具に興味を持ったのは、就活時に見た巨匠デザイナーの作品集で、ほとんどのデザイナーが水廻り器具(衛生陶器や水栓金具)を手掛けていたことがきっかけである。そして、水廻りの器具は、人が真に心地よく生活するために、とても重要なもので、やりがいがあるデザイン、と確信した。

はじめに水栓金具についてである。水栓金具のデザインで半世紀以上の実績があるというとVOLA社がある。アルネ・ヤコブセンによる、シングルレバー水栓は円筒形のとてもシンプルなデザイン。水が通る金属の管と、その出し止めを操作するレバーで構成され、最小限のパーツを使い、美しくバランスをとったものである。

昔から、このデザインは各部分のバランスが絶妙で素晴らしいと言われている。水栓本体の縦軸の支柱と、横軸の吐水スパウトでつくられる懐の空間が、黄金比率という話も。著名な建築家を含め、多くのモダン建築家は今もこの製品を定番として使う。非常にコンパクトであることもミニマリズムの思想に合う。すでに世界中に、これに類する水栓金具が販売されているが、やはりVOLA社のこの機種は誰にも負けない。この水栓の「原型」としてのデザインを創出したアルネ・ヤコブセンのデザイン力は「神」といってもよいかもしれない。

次にこのシングルレバー水栓の歴史に一石を投じたのは、1994年のフィリップ・スタルクのAXOR STARCK CLASSICである。それまでシングルレバーのレバーは前方に出ていたが、このデザインは上方に突出したレバー。ボールジョイントでゲームのジョイスティックのようである。また、前方方向が当たり前であった吐水口は、斜め下に向いている。日本で獅子脅しを見て発想したとのエピソードもある。

シングルレバー水栓という非常にシンプルな器具の構成を新たに創出したという点では、スタルクの気鋭の才能を感じさせる。さらにスタルクは2015年にAXOR STARCK Vという、より奇抜な発想の水栓を発表した。透明なアクリルの器に水があふれてくるもので、その様子は人と水の接し方の「原型」を表現したもの。業界のデザイナーなら一度は想像するアイデアを見事に実現化していて、フランクフルトのショーで見た時は、とても興奮した記憶がある。価格は20万円以上のハイエンド商品である。。

●TOTOによる便器の革命

次に水廻りつながりで、便器の話。便器はタンクを背後に背負った原型が長い間続いた。その後、便器の革命として登場したのが1993年、TOTOから発売された水道圧直結洗浄方式世界初のタンクレス便器NEORESTである。タンクやウォシュレットの凹凸をなくした一体感のある新しいフォルムの登場により、トイレ空間は圧迫感のない自由度の高い空間に進化することができた。

このデザインは私も携わったが、さまざまな機能を搭載した中でのデザインは、なかなか難産であった。しかし、発表当初、海外で「異様なもの」として見られたこの製品は、現在では世界のトップメーカーが、自社の技術力とデザイン力の見せ場として同種の製品を展示している。日本が発明し育てた、タンクレス便器が世界の水回り機器メーカーに影響を与えたことは誇るべきことである。

その後、NEORESTシリーズはいくつかの後継機種に引き継がれ、現在はNEOREST NXが最新最高機種である。便器で可能なあらゆる機能を搭載しつつも、全体はあくまで柔らかい、繭のような美しさでまとめ上げられている。

最後に、昨年私が携わったデザインを紹介する。便器には座る人の気持ちを優しく迎える役割がある。それは子供にとっても同じである。2019年にジャクエツから発売した幼児用便器シリーズは、幼稚園などの施設用としてデザインしたもの。子供が自立して排便をできるよう、着座の安定感や、排便し易い姿勢の配慮はもちろん、心理的にも心地よい気持ちになるよう、楕円形を基調とした優しいデザインとした。


(2020年2月18更新)

 


▲ヤコブセンによるVola シングルレバー洗面混合栓。(クリックで拡大)

▲1994年に登場したスタルクによる Hansgrohe AXOR STARCK CLASSIC シングルレバー洗面混合水栓
。(クリックで拡大)


▲スタルクが2015年に発表した Hansgrohe AXOR STARCK V シングルレバー混合水栓330。(クリックで拡大)




▲世界初のタンクレス便器、TOTO NEOREST EX(1993年)。(クリックで拡大)


▲最新で最高機種のTOTO NEOREST NX(2018年) 著者撮影画像。 (クリックで拡大)



●著者の作品より


▲JAKETSU PETIT TOILETTE(2019年)(著者デザイン)。(クリックで拡大)



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