●金沢21世紀美術館と「神の目」
「神が潜むデザイン」と聞いてパッと思い浮かんだのが金沢21世紀美術館(以下、21美)でした。21美は、妹島和世さんと西沢立衛さんによる建築ユニットSANAAの代表作の1つで、金沢市内の中心部に立つ美術館です。
この建物の竣工は2004年。その翌年に大学で建築を学びはじめた僕は、友人たちと21美を訪れました。当時、建築に関する知識がまだまだ少なかったとはいえ、自分のなかの建築の概念を覆されるほどの衝撃を受けたのを覚えています。
街に開かれた円形の形状とガラス張りの外観、矩形と円の組み合わせが生み出す空間のリズムと多様性、そして展示室やレクチャーホール、トイレや中庭など個々の場のつくり込みからコンクリートの床面のコンセントの仕舞いまで、21美には実に多くの「美しさ」が潜んでいました。
物事の本質を理解するためには「鳥の目」「虫の目」「魚の目」の3つの目が必要と言われます。「鳥の目」は、俯瞰して全体を把握する目、「虫の目」は、細部を掘り下げる目、「魚の目」は、世の中の流れを感じ取る目を指します。
僕が21美で学んだのは、建築をつくる上で必要なさまざまな「目」でした。都市的な視点、身体的な視点、造形的な視点、機能的な視点、構造的な視点、歴史的な視点……。こうした多様な視点を内包する「目」は「神の目」と言えるのかもしれません。
「神の目」によってもたらされるさまざまな視点が生み出す「多様な美しさ」。そして、それらが溶け合い一体になることによって生まれる「特異な美しさ」。それが建築の真髄なのではないか。この気づきが、デザイナーとしての原体験になりました。
●歌詞が映し出されるスピーカー「Lyric speaker Canvas」
いま僕はYOYというデザインスタジオを主宰し、プロダクトデザイナーとして活動しています。プロダクトをデザインするときは、21美での気づきを常に意識するようにしています。
最近YOYとしてデザインしたものに「Lyric speaker Canvas」という、歌詞が映し出されるスピーカーがあります。これは、スマートフォンなどで音楽をかけると、音楽に合わせて歌詞がモーショングラフィックとして映し出される “次世代スピーカー”です。
壁に立て掛けられた2枚のレコードジャケットをモチーフとしており、一方のパネルは歌詞を映し出すスクリーン、もう一方のパネルはスピーカーになっています。このアイデアにたどりついた背景には、以下に記載した大きく3つの視点がありました。
SYMBOLIC:音楽や歌詞との関連を象徴的に表現する。
ADAPTIVE:それが置かれる場に溶け込む。
FUNCTIONAL:基板やスピーカー、音質に必要な容積を確保する。
レコードジャケットをモチーフにすることで、(1)と(2)を満たし、壁に立てかける(ように見せる)ことで生まれる背面の空間によって(3)を満たしました。
さらにグレーのメッシュパネルの背面には、熱逃がしの通気孔と低音用のバスレフの開口が隠れており、そこから出た低音を壁にぶつけることで部屋全体に響くように設計しています。そうすることで家電にありがちなディテールを消し、インテリアに馴染むように仕上げました。
うれしいことに販売は好調のようで、最近ではサンローランとのコラボレーションモデルも発表されました。
「神の目」をもって、「多様な美しさ」を生み出し、「特異な美しさ」を形づくる。少しばかり大それた物言いではありますが、その高みにいつか到達できるように、いま目の前にある仕事に取り組もうと、この原稿を書きながら改めて思いました。
(2019年7月26日更新)
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▲金沢21世紀美術館の公式サイトより。
▲金沢21世紀美術館の外観。Wikipediaより。(クリックで拡大)
▲YOYがデザインした「Lyric speaker Canvas」。(クリックで拡大)。
▲「Lyric speaker Canvas」のディテールのアップ。(クリックで拡大)。
▲背面には熱逃がしの通気孔と低音用のバスレフの開口がある
。(クリックで拡大)
●Lyric Speaker CanvasのWebサイト
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