神が潜むデザインというお題をいただいて、いわゆるマスターピースと言われている優れたデザインプロダクトもいくつか思い浮かべたのだが、答えとしてはどうもしっくりしない。そしていろいろと考えを巡らせている時に、「あれ、これなのかな?」と思ったデザインがあった。
●その地で素材から作るものづくり
2015年の夏、MATSUMOTO FOLK CRAFT LAB(まつもとフォーククラフトラボ)のプロジェクトで、長野県松本市で松本箒を作る「米澤ほうき工房」を訪ねる機会があった。
代表の米澤さんは「ぜひうちの畑を見て欲しい」としきりに話しをされていて、「なぜ畑?」とずっと思っていた。工房にお邪魔すると、建物の目の前に水平線に広がる綺麗な緑色の畑があった。なんと仕事の7割は畑仕事なのだそうで、ホウキの原材料のホウキモロコシを育て収穫し、それを乾燥させホウキの形に手で作り上げる。でき上がったホウキは、素材を生かした素朴な雰囲気がなんとも魅力的な昔ながらの形で、使い勝手も良く、そのままで十分素敵なデザインだった。
その地で採れた素材で作るものづくりは、自然の環境が変わり、大量消費が主流の現代においてはなかなか実現しにくいのだが、ホウキに限らず工芸の分野では、時々そういったものづくりに出会う。それを目の当たりにすると、その(作られた背景の)透明性と純粋さに心が洗われ、綺麗なデザインだなと感動する。
意匠として純粋に美しく作られたものも大好きだし感動するのだが、その背景にある美しさに触れた時、その感動は深いものに変わる。最近の私はそういうデザインに心惹かれるのだ。その地で作られた歴史とか、人や生き物などの関係性がダイレクトにそこに詰まっているものづくりから生まれてきたデザインは、「生きてるなぁ」と実感させられ、まさに神が潜んでいるかのように感じられる。
●そこから影響を受けて生まれたもの
当時この工房に訪れたメインの理由は、米澤ほうき工房で新しいものづくりにチャレンジしたいといった依頼の仕事からだった。
もうすでに素敵なものを作っているのになぁ、などと作られている現場で思っていたら、「使用素材を厳選しているため、収穫した中に使われない端材が存在している」という話が出てきた。苦労して育てた中にも使えない材料があるとは…。MATSUMOTO FOLK CRAFT LABのプロデューサーと相談して「端材を使ったプロダクトを作ろう」となった。
最終的にでき上がったのは、ホウキの原材料の端材を使ってできた、畑に優しい靴ベラである。私が「綺麗だな」と思ったこの工房のものづくりを可能な限り生かし、この靴ベラのデザインに込めている。見た目以上に作り方を見出すのが難しかったようで、職人さんも試行錯誤して楽しく作り上げてくださったようだ。元々あるホウキのアイデンティティーやイメージを極力崩さないようにし、ホウキの横に並べても違和感のないこの「hoki_hera」と名付けた靴ベラのプロジェクトは、私が気に入っている仕事の1つである。
●人間が自然に身を委ねるものづくり
大量生産やAIなどが成長している世の中で、人の手がつくるものづくりは今後必ず今以上に価値のあるものになると思っている。工芸などの手仕事が大好きなのは、その中に込められた歴史や自然環境、人間性などが感じられるからだ。そういうものづくりはある意味、人間が自然に身を委ねるものづくりと言えるのかもしれない。
伝統工芸の後継者不足による廃業が相次ぐ一方で、デザインされたプロダクトは近年増えてきているが、見る人によっては賛否両論だ。プロダクトとしての美しさも当然ながら、どこを守りどこを変えるかを考えた結果がそのアウトプットに込められているからだろう。
工芸の仕事において、何かしら新しいことがしたい人からの依頼がある前提で、私はなるべく、そのものづくりが元々持っている自分が確信した(ものづくりの背景や意匠なども含む)綺麗な部分を守り、許容の範囲内で変化させ、前に進んでいけるものになるように心がけている。そして、その素敵なものづくりが続いていくきっかけになって欲しいと思っている。
まだまだ世界中には、神を感じるような素敵なものづくりがあるのだろう。日本のものづくりだけでなく、海外のものづくりにも触れながら、自分を常にアップデートして、これからもデザインの仕事に挑んでいきたいと思っている。
(2019年6月14日更新)
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▲米澤ほうき工房によるホウキ。(クリックで拡大)
▲長野県松本市の畑でホウキモロコシを育て収穫し、ホウキを作る。(クリックで拡大)
▲1つひとつ手作りで製品化される。(クリックで動画再生)。
▲工房。(クリックで拡大)。
▲端材を使ったプロダクトが辰野氏のデザインで靴ベラ「hoki_hera」となった。撮影:Shin Inaba(クリックで拡大)
▲「hoki_hera」も職人の手作り。撮影:Shin Inaba(クリックで拡大)
▲丁寧に編み込まれた取っ手の部分。撮影:Shin Inaba(クリックで拡大)
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