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コラム

神が潜むデザイン

第5回:原因と結果の一致は神の仕業?/片岡 哲

「神は細部に宿る」と言うが、本コラムでは、デザイナーがこれまでに「神」を感じた製品、作品、建築などを紹介していただくとともに、デザイナー自身のこだわりを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
片岡 哲 (Tetsu Kataoka):ソニークリエイティブセンターにてチーフアートディレクターとして勤務後、2004年、Kataoka Design Studioを設立。エレクトロニクスプロダクト、家具、雑貨、ロボティクスなどのプロジェクトを多岐にわたって進行中。ただ目新しいことではなく「次世代の常識になること」を大切に考える。日本大学芸術学部デザイン学科 非常勤講師。JIDA正会員。グッドデザイン賞審査委員(2017年~)。



●日立の扇風機 「まる扇」との出会い

あらゆる条件をクリアしてやっと1つの答えにたどり着いた時、その答えがそこにたどり着くべくして何かに導かれたような感覚になることがある。

プロダクトデザインのプロセスにおいてもいろいろな要因が重なり、ある時パズルのピースがパタパタと納まるかのようにしてデザインが成り立つことがある。それは偶然ではなく、まるで神の仕業かのように。そのプロセスを上っても下っても、どちらがどちらの原因でも結果でもつじつまが合うような、そんなデザインに出会った時、方程式が美しく解けたような清々しい気持ちになる。

約30年前、ある扇風機に出会った。その扇風機、日立の「まる扇(D-256W)」は、卓上や床置きを想定した、斜め上に向かって風を送る円錐形状をしていた。羽根を収めた半球状の金網部分と円錐状のモーター部分だけのミニマムなその塊を床にポンと置く。そのスタイリングとコンセプトに一目惚れした私は初任給をはたき、その場で購入してしまった。

ワクワクしながら家に持ち帰り、電源を入れ、羽根が回りはじめた時、あるボタンを見つけた。なんだろうと押してみると…首振りが始まった。いや、正確には床の上を右に左に扇状に転がり始めたのだ。しかもよく観察すると、首振りのために回っているのは回転する羽根と同軸上の円錐部分。モーターの力を最小限の機構で首振り運動に変えていた。

やられたと思った。床に置くこと、斜め上に風を送ること、首を振ること、回転すること、円錐であること、どれが原因でも結果でも、すべての事象、形、構成に意味があり、それぞれがそれぞれの機能を支え合い、無駄がなく美しい。まさに神が潜んでいるかのようなプロダクトを満足げに(なんせ初任給の買い物だったので!)ずっと眺めていたのを覚えている。

●サムスンのビデオカメラとズームのVRレコーダー

この若かりし日の体験は、自分のその後のプロダクトデザインにも大きな影響を与えたと思う。特に、“どれが原因でも結果でもつじつまが合うこと“を1つの目標としてきた。毎回そう上手くいく訳ではないけれど、時には”神の仕業“を感じるプロジェクトに出会う幸運にも恵まれた。サムスンのビデオカメラ「R10」もその1つだ。

カメラと名の付くプロダクトをデザインしたことがある人なら誰しも一度は考える“レンズ鏡筒をそのまま握る”というコンセプト。しかしこれを成立させることがなかなか難しい。

鏡筒をそのまま握り被写体に向けると、想像以上に手首の角度が苦しいことに気が付く。そしてそこにあらゆる要件(LCDモニター、バッテリー、グリップベルトなど)を加味してまとめると、必然的に凸凹と複雑な構成になってしまうのが当たり前だった。

なんとかもっとシンプルな構成で、気軽にカバンにポンと入れて持ち歩け、しかも行為が自然で使い易いビデオカメラはできないものか。そんな想いでプロジェクトを進めた。

鏡筒とレンズの光軸を一致させることはいわばカメラデザインの憲法のようなものだが、ふと「レンズブロックを斜めに配置する」という掟破りなアイデアが浮かんだ。当時は折り畳み式のカメラ付ガラケー全盛期、多くの人はレンズの光軸なんか気にしない、LCD画面のみに頼った撮影にすでに慣れていた。時代背景がそのアイデアを導き出し、プロジェクトのブレイクスルーとなった。

そしてタイミング良く、斜めに配置してもかさばらないほどの小型ズームレンズが開発された。グリップもなくカプセルを握るだけ、そのカプセルから必要な位置、角度でボリュームをそぎ落とし、そこにレンズやLCDを配置しただけのとてもシンプルな、しかしすべての要件を満たす構成で、新しいビデオカメラが完成した。

まる扇に出会ってから約30年、令和となった最近の私の仕事の中で奇しくも“円錐形“が採用されたプロジェクトがある。ZOOMの「360°VRオーディオレコーダー」である。

可能な限り音の死角がないように採用した円錐形は、原因と結果の一致にこだわって無駄を削ぎ落した結果である。

これからも、あの“まる扇”の神が潜むデザインに心震わせた想いを忘れずに、日々研鑽を重ねていきたいと思う。


(2019年5月8日更新)

 


▲日立の扇風機「まる扇」。カールコードの先にあるフットスイッチを押すと扇風機が回る。1986年のグッドデザイン賞を受賞。(クリックで拡大)


「まる扇」の後部。筐体上部の丸いボタンを押すと首振りが始まる。(クリックで拡大)


「まる扇」の首振りの様子。iPhoneで撮影。古い製品のためか、動作音が正常範囲を超えていたのでカットしています。(クリックで動画再生)。





片岡氏デザインのサムスン「Samsung HD Cam R10」(2009年)。(クリックで拡大)。


▲無理のない姿勢でビデオを撮影することができる。(クリックで拡大)




▲ZOOMの「H3-VR 360°Virtual Reality Audio Recorder」。(クリックで拡大)




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