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コラム

神が潜むデザイン

第3回:神の造形、人の造形/井藤隆志

「神は細部に宿る」と言うが、今回より新連載をスタートする本コラムでは、デザイナーがこれまでに「神」を感じた製品、作品、建築などを紹介していただくとともに、デザイナー自身のこだわりを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
井藤隆志(Takashi Ifuji):プロダクトデザイナー。香川大学創造工学部教授/イフジデザインスタジオ代表。陶磁器、木工家具などの伝統技術から、ロボット、電動カートなどのハイテク機器まで各種製品開発に携わる。



●アートとサイエンス

日本において「アート」とは美術もしくは芸術を表すことが一般的であるが、"artficial"という言葉からも分かるように、本来は「人間が創った物」の意味である。特にキリスト教の影響が強い欧米諸国では、神が創りたもうた自然界の生命や科学、法則が「サイエンス」であり、人間が創造した物すべて、つまり美術、音楽のみならず歴史、物語、思想、建築、道具などを含めて広義のアートといえる。

これをベースに考えると「神が潜むデザイン」とは、人間が創り出せないような物事、もしくは人間が作ったとしても限りなく天然界のサイエンスに近い物事にあるのではないかと仮説を立てることができる。

例えば、幾何学形態のモダンデザインは、時には文明を表す人間が創り出した人工物として表現されることがあるが、見方を変えてみると幾何学形態は、数式で表され鉱物の結晶や分子構造などの自然界の神が創りたもうた形と認識することが可能であり、我々デザイナーがAppleやB&Oのプロダクト、ミースやフラーの建築に見られるミニマムな形態に惹かれるのも、プライマリーな形に潜む、神の存在を見ているのかも知れない。

著者は3D CADを活用したデザインをテーマに活動を行っているが、近年RhinocerosのGrasshopperによるコンピュテーショナルデザインや、SolidWorksの関数カーブによる立体造形の可能性を探っている。こうした背景には、よりサイエンスとしての神が創り出した物へと自分の造形を近付けるための行為であると分析することが可能である。

●ピート・ハインのスーパー楕円

このような文脈から筆者が神が潜むデザインとして取り上げたいのは、デザイナーであるばかりではなく、数学者でもあり、詩人でもあるデンマークのピート・ハイン(Piet Hein)の作品と活動である。アルネ・ヤコブセン、ブルーノ・マテソンと共同で開発したフリッツ・ハンセン社のテーブルで有名なスーパー楕円と呼ばれる形状には特に惹かれるものがある。

一昨年、筆者はスーパー楕円を用いたキャセロール土鍋を開発した。スーパー楕円の皿などはすでに世の中に出ているが、ピート・ハインのオマージュとして耐火土を用いた土鍋としてデザインを行った。厚生労働省によると2000年以降は1人世帯、2人世帯の全体に占める割合が5割を超え、家族で囲むテーブルはもはや少人数となってきており、1人、2人用の土鍋が必要とされていた。手ごろな大きさで火にかけてもテーブルに出しても収まりの良い形状ということで、スーパー楕円の形状を採用した。

従来のスーパー楕円形状は複合Rによる近似曲線や職人による手作業による原型による表現が一般的であったが、この製品では、直線、R曲線を平面図として用いない関数式を用いた作図に挑戦し、その3DデータからNCで原型を切削し、圧力鋳込みの製造型を作成するという方式を採用した。CAD、CAM技術により、より自然な形、つまり神の造形に近づくことができたと自負している。

●ピート・ハインのグルックが詠う境界

著者はピート・ハイン好きが高じて、磁器製のウォールプレートとピューター製のネックレスを所有している。デンマーク語の「笑い」と「ため息」を合わせた彼の造語である「グルック/GRUK」という名の短い詩がスーパー楕円の作品を製作するアーティストのイラストとともに記されている。ウォールプレートにはデンマーク語、ペンダントには英語で以下のように書かれており、どちらもピート・ハイン本人によるもののようだ。

"Som kun den sande kunstner ved: den sande kunst er kunstløshed."
"There is one art, no more, no less: to do all things with artlessness."

興味深いことに、デンマーク語と英語はそれぞれ微妙にニュアンスが異なっている。自分なりに訳してみると、デンマーク語では、「本物のアーティストだけが、本当のアートが人為的であることを知っている」と語り、英語では、「ひとつのアートがある。それ以上でもそれ以下でもない。どんなことも無心に行うだけ」と詩で語っている。人の行為と意志が、自然と対峙しているように感じる奥が深い言葉である。

改めて、このグルックのイラストを見てみるとアーティストのアトリエの屋根はなく、北斗七星と思われる星が天に輝いており、部屋の中にはタンポポの綿毛と思われる自然の造形が舞い込んでいる。それを感じながら彫刻家がスーパー楕円の立体形状であるスーパーエッグ形の彫刻を(人為的に)刻んでいる。このグルックには、神と人、自然と人工、サイエンスとアート、知識と意識、無作為と作為など、さまざまな境界が描かれているように感じる。

ピート・ハインというサイエンティストでありアーティストとして生きた彼は、スーパー楕円そのものがこうした考えの象徴であり、数式で表される形を発見というよりは発明し、造形として神の管理する自然に還そうとしたのではなかろうか。デザインという造形行為は、人が創ったものをあたかも神が創りたもうたもののように自然に還元していく行為と捉えることができる。この境界を行き来するトリックスターとして、デザイナーの役割は大きく、そしてまたその悩みも大きい。


(2019年3月7日更新)

 


▲「SUPERELLIPTICAL」。Designer: Piet Hein, Arne Jacobsen & Bruno Mathsson。写真:Fritz Hansen 社サイトより。(クリックで拡大)


▲Grasshopper によるスーパー楕円のカーブライン作成 Programming:Johan
Rooijackers。(クリックで拡大)



▲スーパー楕円を用いた土鍋「ANFI」。写真:丸利玉樹利喜蔵商店より提供。(クリックで拡大)


▲木製鍋敷きとのセット。鍋の縁にフタが掛けられる。(クリックで拡大)


▲モデリングに用いた数式とパラメーター。(クリックで拡大)


▲左より、ヨルゲン・ジェンセン製ネックレス(英語)、ロイヤル・コペンハーゲン製ウォールプレート(デンマーク語)。(クリックで拡大)


▲ピート・ハインによるイラストと詩。(クリックで拡大)


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