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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その78:料理と音楽、好きなもの

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

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[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(ハーフマラソン91分、フルマラソン3時間20分、富士登山競争4時間27分)。



●好きな食べ物は?

「好きな食べ物は?」と聞かれて、まずはほとんどの人が、「中華」「和食」とか「イタリアン」「フレンチ」など、ジャンルで答えるだろう。しかし、答えとしては不十分だ。この次の段階の何が好きなのか? が答えとしては必要だと思うのである。

自分の場合は、比較的好きな中華で、その中でも「餃子」と「ラーメン」である。具体的には、吉祥寺ハモニカ横丁の「みんみん餃子」「満州餃子の良く焼き」「新宿の桂花の大肉麺」「以前新宿東口にあった麺や武蔵」なのだ。和食であれば断然海鮮の生もので、生き物的には「うに」「いくら」「牡蠣」といった感じである。それも細かく話していけばどんどん細分化されていく。生ガキは北海道厚岸の「かきえもん」だとか。これもまた切りがない話。

その逆で嫌いなものも当然ある。大好きな中華でも、酢豚はだめだ。小学校4年の6月の給食に出た酢豚がトラウマなのである。具が当時苦手だった玉ねぎと人参のぶつ切りのみ。肉団子は自分の分には運悪く1個も入っていなかった。あの絵は今も脳内にはっきりと記憶されている。当時の小学校では、給食は残さず、すべて食べきらないと、教室から出れない決まりだったので、無理やり胃に押し込んだ。この他にも、まったく噛み切れない肉だったり、学校給食に関しては、その後の人生に影響したネガティブな思い出が多い。

●好きな音楽は?

食べ物を例にとったが、これは「音楽」でも同じことがいえる。好きな音楽は? と聞かれて「クラシックです」「ロックです」とかいうのではなく、「クラシック」ではカラヤンのベートーベンの第七の第四楽章がいいとか。ジャズではエリック・ドルフィーのThe Five Spotの「Fire Waltz」の出だしの緊張感がいいとか、より詳細な好きなものをピンポイントで特定できたほうが楽しいし、何が好きなのか分かりやすい。

前述の酢豚や噛み切れない肉のようにクラシックでも聴きたくないものもあるし、ジャズなどは実際は、同じプレイヤーの同じ曲でも、テイクによって二度と聴きたくないようなものも存在する。だから「私はジャズが好き」では不十分な回答なのである。そもそもそれでは答えとなっていない。

自分の場合、FM放送で流れる映画のサウンドトラックに夢中になっていた。映画なのでジャンルを問わず、テーマに合ったその時代の尖った音楽が起用されるので、小学生ながらも、ピアソラ、マイルス、武満徹などジャンルを超えてピンポイントで音楽を好むようになっていた。当時は無料で音楽が手に入るFM放送というものが非常にありがたかった。

エアチェックといって、番組表に赤鉛筆でしるしをつけて、リアルタイムでラジカセの前で正座してスタンバイしていたのも懐かしい。音楽の嗜好に関しては、そもそも小学生の頃と現在と大きな差が生じていない気がする。現在も、ピアソラ、マイルスは大好きだし、クセナキスとかフィリップ・グラスとかも聴く。オイゲン・キケロとかも良い。あれは、ジャズとバッハの心地よい融合である。経験値としての間口としてのジャンルは広ければ広いほどいい。

●ハーモニーとしての感動

音楽と料理というのは共通点が多い。まずは、どちらも、外界にあったものが自分の身体を通り抜けていくものなのである。その身体への入口は「耳」か「口」かという違いはあるのだが。

最初に感じたものの余韻が残っているうちに、次の刺激が混ざり合って時間軸で「世界」を感じる。分離の美学、順列の美学というような世界観だ。フレンチコース料理すべてを、ボールに入れて混ぜて食べても、栄養的、カロリー的には変わらないだろうが、これではまったく美味しくないし美しくもない。やはり各素材が分離されて、それが絶妙な順列で提供された時にハーモニーとしての「感動」があるのだ。

モスのチキンバーガーもそうだと思う。レタスの冷え具合とチキンの暖かさという素材温度の差、バンズとそのレタスと肉の瞬間的に噛んだ時の歯ごたえの差異が脳に快感刺激として伝わるから「美学」なのだと思う。これは楽曲の構成でも同じではないだろうか。1つの選択されたものの中にも、さらに細分化された好きな瞬間的なポイントがある。

●嗜好は常に即答したい

今回伝えたかったのは好きな食べ物は? と聞かれて、細分化されたピンポイントな回答の重要性。例えば、自分が尊敬する人物が好きなものって自分も体験してみたいと思わないだろうか。尊敬している人、目標としている人が「スタバが大好きです!」とか言われたらそこで「おしまい」なのである。そうではなく、「好きな珈琲はモカ、モカでも浅炒りの上品な酸味のイエメンモカに限る。神保町の喫茶店で、西日がステンドグラスにかかってくる秋の16時くらいの窓際の2番目の席で、逆光に湯気の立ちあがる、淹れたての珈琲を啜るのが良い」。とか言われれば、自分もそれを体験して、実際何がいいのかを感じてみたくなる。それによって、その人物の感性を少しだけでも習得できるかもしれない。これはこれで、楽しいではないか。

嗜好において、具体的なビジュアルが浮かんでくるような、ピンポイントなものって、物語性があって情緒があるものだ。逆に言えば、自分もそういう嗜好を常にピンポイントで即答できるようでありたい。そして、偶然出会った見知らぬ人であっても、同じピンポイントの嗜好の共通項がもし見つかれば、その人の好きなものの他のジャンルのピンポイントが、まだ自分が知らなかったとても好きなものである可能性も高い。広大の星空の中で、この星とこの星は知っておいた方がいいよ的なニュアンスだ。世界の発見が一気に可能となる。人生はあっという間だ。こういう情報は知っておいて損はないだろう。

人間が生きている限り、「料理」と「音楽」は年齢性別を問わず、ずっと楽しめるものである。大いに楽しむべきだ。


2025年2月1日更新




▲料理がおいしく見えるようにデザインした、有田焼 福珠窯さんの「縁起皿シリーズ」。(クリックで拡大)


▲僭越ながら、サックス練習の演奏です。現在はドラム修行中。(クリックでリンク)

 


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