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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その74:「忘れる力」記憶の断捨離

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(ハーフマラソン91分、フルマラソン3時間20分、富士登山競争4時間27分)。



●何故か忘れない進行中の寸法

不思議なもので、いつも作業中の仕事の細かい寸法を覚えている。だから、外出中の突発的な電話であっても、パソコンを開かなくても図面のやりとりができるからとても便利なのだ。

自分のデザインのクオリティーを維持するには、設計者との中盤戦でのこのやりとりが結果に大きく影響してくる。重要な寸法とそうでない寸法の優先順位を付けて、設計者と交渉しながら粘土をこねるような会話で、実現可能な理想の形を作り上げていくのである。そしてその交渉は、できるだけ迅速に対応すべきである。こちらのデザイン寸法通りでそのまま進行していくことはまずないと思っていい。もし、そうであったらまだまだ形状的に追い込む余地があったと反省すべきだろう。

これは職業的なものかもしれないが、記憶されている現在進行形の寸法は、プロジェクトが終了すると、例外なくきれいさっぱりと忘れてしまう。いったん忘れると、もう思い出すことはできない。そして次のプロジェクトの寸法が頭に格納されていくのである。頭の中はその繰り返しで進行していく。

中華鍋でチャーハンを炒めて、お皿に盛り付けたら、また中華鍋を空にしてきれいに洗浄して次の料理に備えていくような、記憶の断捨離の繰り返しである。人間の記憶の容量というものには限界値があるのではないだろうか。忘れることができるから、次を覚えることができるのである。

●「覚えられない」人

「忘れる」ということはとても大事な機能といえる。人間にとっての睡眠(動物も同じだと思うが)は、不要な記憶を捨ててくれるありがたい機能だ。とにかく、生きていく上で遭遇してしまう嫌な出来事はどんどん忘れてしまった方がいい。

朝の満員電車などに乗れば、脚を踏まれたり、押されたり、濡れた傘をくっつけられたりと、山のように嫌な出来事ばかりだ。それらの類いから、人間関係のトラブルまで含めて、ネガティブな記憶はどんどん忘れよう。自分が壊れないようにするためにも、睡眠で「忘れる」ということの重要性を感じるのである。

「忘れっぽい」ということと「覚えられない」というのは、似ているようで実はかなりちがう。「忘れっぽい人」というとネガティブなイメージはあるのだが、ポイントはいったい何を忘れるかによると思う。大事なことや、約束事を忘れて他人に迷惑ばかりかける人はやはりNGだろう。

一方で、自分は高校時代に暗記系の科目はまったくその意図が理解できず、世界史や古文のテストの点数は散々だった。まったく「覚えられない」のである。大学に入って、海外にバックパッカーで旅行していると、世界史の魅力的な面白さに気づき、自然と覚えることもできた。ただ、いまだに人の名前が覚えられない。飲食での注文を取る仕事とかもまったく向いていない。すぐにクビになってしまうだろう


●記憶塗り替えの術

しかしながら、こんな「覚えられない」人間であってもほかの分野で得意なところがあればなんとか生きていけるものである。自分の場合は「デザイン」という部分で今までにない発想を生み出して、現実化させていくという仕事が本当に向いていたと感じるのである。でも、普段はまったく「覚えられない」人間が、デザイン仕事に関しては寸法をしっかりと記憶できているのもまた矛盾した話である。おそらく、脳のどこかに覚えるための隠しスイッチが付いているのだろう。

ネガティブな記憶はとにかく片っ端から忘れていって、楽しい記憶で油絵具のように塗りつぶしていけばいい。これは「忘却力」とか「塗り替えの術」とか呼んでもいいと思う。一種のメンタル技術でもあると思う。

「生きていく」ということは、どういう記憶をまとって過ごしていくか? ということでもあるはずだ。記憶とは下着みたいなものである。選ばれた、楽しい記憶を残しながら日々前進していくのが理想だろう。そうしていきたいものだ。


2024年10月1日更新




ありがたいことに、作品「マウンテン」を見かけました! との情報提供がありました。それぞれの地域の人たちが楽しく遊んでいる様子を知ることはデザイナー冥利に尽きます! 感謝です。このジャンルではイサムノグチ目指して頑張ります! 地球を彫刻したい! @須磨海浜公園(クリックで拡大)


▲マウンテンのデザイン寸法は、4トントラックの荷室の内寸から作成した。運搬可能な最大サイズのFRPモデルとして、1センチも無駄な部分がない設計となっている。この写真は、岡山のFRP工場で試作の滑り台に登って検討中の貴重な写真。株式会社ジャクエツの徳本社長の撮影。(クリックで拡大)


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