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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その71:「美」への2つのアプローチ

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

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[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(ハーフマラソン91分、フルマラソン3時間20分、富士登山競争4時間27分)。




●模倣が苦手だった

中学生の頃、「書道」の時間があった。書道セットとして、硯やら筆などが収納できる塩ビの丸ハンドルのついた書道バッグが支給された、というか強制的な購入だった。今思えば、もっとコンパクトにシンプルに書道セットはデザインできたはずだろう。まあ、このでかい書道セットを片手に持ち、その他の運動着や柔道着やリコーダーやらと体中にいろんなものをぶら下げて手際の悪いカスバの大道芸人のように通学していた。

その書道の授業に関して言えば、お手本を見ながら同じものを書くという実習がとにかく苦手だった。カメレオンのように同時に手元と自分の筆先を見ることはできないし。何度も失敗して、気を取り直して、もう一度深呼吸して、緊張の一発勝負で書いた文字も、どうもしっくりこないのである。毎回のことではあるが、今度こそはいけるかなと思っても、最後は筆がかすれ過ぎて消えてしまったりとか、レイアウト的に最後の余白部分が足りなくなってしまったりとか、左右バランスがうまくいかないとか、ほぼ不完全燃焼で終わる。

一度書いたものに二度書き、三度書きで付け足していくとある程度の補正はできるのだが、やっぱり、ちょっと遠くから眺めてみると全体の連続性がない。自分でも確信的に才能なしでダメだと思った。そもそも、お手本通りに同じものを目指すというのが性格的に納得できず、そのネガティブな感情がすべての制作物に出てしまう。結果としては常に先生の朱色だらけで修正されまくる添削結果となった苦い記憶ばかり。これでは「書道」そのものも嫌になっていくしかない。まあ、それが感情的には劣等生になっていく自然な流れだろう。

美しい「書」に見られる勢いのある表現は、そこに凝縮された時間が閉じ込められていて、見るものに時間軸を超えた感動を伝えてくれるものである。それは十分理解しているし、子供ながらにもはっきりと認識していた。この世界に到達するにはどうしたらいいものかと幼少から今現在まで心の片隅に引っかかっているのである。

今思えば、教員に恵まれなかったのだと思う。教員として見本との違点を指摘するというのと、技術を一段上に導くというのはまったく異なるものである。そのあたりは、自分と相性の良い「師」に巡り合えるかどうかという確率的な運が人生を左右していくのだと思っている。これはすべてのことに共通している。

子供ながらに同じものをわざわざ複製するという書道の授業の行為自体に、根本的な意味性を感じられなかったのが、やる気を喪失させる原因になっていたのかもしれない。ただ、今はそうは思わない。まずトレースする技術があって、そこから次のステップとして、自分の表現を実践していけばいいのだと強く感じている。そこを論理的に説明してほしかった。

●リアルタイムな表現、編集による表現

芸術的な表現の世界には2種類あると常々感じる。1つは前述の「書道」や「演劇」「ダンス」のように、リアルタイムで修正の効かない表現形態。これは音楽の演奏のように、一度出してしまった「音」が引き戻せないのと同じでまったく修正が不可能な一発勝負の表現の世界。この世界の表現では「本番」という時間枠があり、極度の緊張に陥る場合もあるし、体調とメンタルの調整も非常に重要な要素となってくる。本番で失敗したら終わりである。次があるかどうかも分からない。

もう1つは「演劇」に対しての「映画」のようなもので、「編集作業」という時間的後戻りが可能な表現の世界である。これは納得がいくまで修正を何度も繰り返すことができる世界。納得いかなければまたゼロからやり直してもいいのである。要は「締め切り時間」に間に合えば、その過程はまったく自由という世界。

自分が属している「デザイン」という世界は、現在はコンピュータでの作業が主軸になっていることもあり、何度でも修正が効くし編集を重ねることによって作品のレベルを向上させることが可能な世界である。要は締め切り時間までは、ブラックボックス内の世界であって、工程的には何をしてもよいのである。場合によっては、締め切りの直前で、ゼロに戻り、深夜に閃いた別案でやり直すこともある。結果的にそのやり直し作品が賞を獲ったりもする。それでいいのである。そして大事なのが、「お手本」が存在していたらそれと同じものを作ること自体がNGなのである。それは「模倣」として扱われてしまう。世の中にないもの、今まで見たことのないものを作るということがクリエイティブの一番の制約条件なのである。これはとても大事なこととして共通していると思う


●練習は脳の指令を超える

この2つの「表現形態」の違いって何だろうとよく考える。この違い、これって作成過程において使用している回路の違いなのではないだろうか。楽器演奏とかダンスや運動は身体的な神経回路が命である。重要なのは、そのパフォーマンスの限定された時間枠の中で、表現を頭で考えていたらとても間に合わない世界であるという事実。

それは、数秒かもしれないし、数時間かもしれない。ただ、頭で考えていては反応速度としては間に合わないのである。だからこそ、このタイプの表現では、ひたすら頭の回路を使わなくても反応して表現ができるような身体的な反復トレーニングを繰り返し練習することが不可欠なのだと思う。いわゆる「練習」するという習慣である。頭で考えなくても、身体が自然に動き出してそれを俯瞰するような意思があって、表情を付け足していくような感覚だろう。そのすべての要素が同期した時に素晴らしい芸術が生まれる。

100歳くらいの老いたヨレヨレのミュージシャンが楽器を演奏し始めた瞬間に、まったく別人のように凛とした素晴らしい音楽を奏でる映像をいろんなところで目にする。これって、多分、脳の回路を通過して身体的な脳構造みたいなものが身体をコントロールしているとしか思えないのである。身体能力の神秘みたいな世界観であるが、長い年月の繰り返しの「反復練習」というものがいかに凄いかということを感じる。

この練習という概念は、マラソンや球技とかもまったく同じで、地味な練習を毎日コツコツと続けていなければならない。この地味で辛い作業の毎日を積み重ねること以外に、近道は存在しないということもよく分かっている。よい結果が出て、高揚感のある瞬間を獲得する経験値があれば、またそれに向かって地道に「練習」していくモチベーションというものは作れるのである。

●身体的練習と脳的練習で高みを目指す

この「練習」という概念は「デザイン」の世界においては、どうも存在しないような気がするのである。「写真」とかもそうかもしれない。「練習」という「身体脳」の回路を作り上げていくような反復練習というよりは、常に新しい気づきに反応できるような習慣作りのような気がする。もちろん、ツールとしてのCADとかの操作は、同じコマンドを使っていくうちに反応速度も上がっていき、スピーディーに作業を進めていけるようにはなる。それも必要な身体的な練習の1つだろう。

ただ、身体的な反復練習と違って「デザイン」の練習? に関しては、24時間連続して睡眠中も含めた時間で脳が活動している感覚がある。常に網を持って徹夜で山の中の昆虫を追いかけているような感覚である。だからこそ、デザインにおける核心的なアイデアが寝ながらふと夢に出てきてメモに書き留めたり、お風呂の中で閃いたり、車を運転中に見つかったりと、机以外で見つかることが多いいのではないのだろうか。

「身体的練習」と「脳的練習」という世界が二軸で存在していてそれぞれの領域での日常化というものが必要なのだと思う。最終的な到達地点としての世界は2つとも同じものなのかもしれない。シンプルに「美しい」という点である。山頂のように高みに位置する一つの点である。ただし、その点に到達する道のりというものはまったく異なるアプローチなのである。

いずれにしても、技術を上げて自分の表現を脳内の理想に近づけるために、毎日の鍛錬、練習は不可欠だと思う。当然、それを達成するには何らかを犠牲にしなければならないだろう。人生の先まで見据えた足し算引き算ができれば、今やるべきことも自ずから判断できる。それが最終的に後悔しない唯一の方法だと思うのである。


2024年7月1日更新




▲武雄焼/康雲窯/青藍シリーズより「フルーツ皿」。(クリックで拡大)

▲武雄焼/康雲窯/青藍シリーズより「片口または花器」。(クリックで拡大)

▲武雄焼/康雲窯/青藍シリーズより「ぐい呑み」。(クリックで拡大)








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