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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その69:こどものデザイン

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(ハーフマラソン91分、フルマラソン3時間20分、富士登山競争4時間27分)。




●こどもの好奇心を失った大人たち

今までの自分の仕事の中で、何故かこどものデザインの割合が多い。こどものデザインをしている時間はいつも楽しいし、やりがいがとてもある。その背景には自分がまだ精神的に子供の部分がかなり残っているというのがあるかもしれない。

そもそも、こどもの定義ということを考えてみると、単純にこどもの感性が劣化したのが「大人である」とこ考えられないだろうか? 単純に生き物の性能として考えてみて、大人がすべての面で優れているとは思えないのである。

人間は時を経て生きていくうちに、いろんな知識を学ぶ。そして、いろいろな経験値が増えると、予測のパターン分けをするような習慣がついてくる。失敗したり、嫌な記憶の残る経験値は繰り返さないように逃避する癖がでてきてしまう。「やったことがないから分かりません」とか、「やったことがないからできません」といった逃げの行動が増えてくるのが大人の傾向でもある。「やったことのないことをやってみたい!」とか「知らないから知りたい!」「行ったことないから行きたい!」というこどもの持つ好奇心の本能というものをもっと大事にする必要があると思う。

ちょっと本題から外れるが,20代で8年間在籍していたソニーという企業は、誰もがやったことないからやる意味がある。というまさにこどもの好奇心のようなポリシーの会社であり、自分にもそれがとてもしっくりきた。

●想像力と可能性

こどもにとっての可能性というのは、ほぼ無限大に存在する。 将来は、パイロットになりたいとか、サッカー選手だとか、総理大臣とか、宇宙ロケットの開発者、世界的な外科医とか、夢はほぼ無限大にあり、そのどれもが可能性がゼロではないのである。

同時に、想像力で実現した世界を想っている時間が長いから、毎日を楽しく感じられたりもする。想像力という能力が、大人になっていくたびに劣化していくのである。一方で、大人になるということは、可能性を片っ端から否定されていくことでもある。あれは無理だ、これも無理だと。この流れで、想像力の必要性がなくなっていくことが原因だろう。

人間の筋肉って、心臓含めて、年齢に関係なく使えば増えて丈夫になっていくことが証明されている。今流行りの言葉でいえば、エビデンスがあるということ。人間の機能というのは毎日の繰り返しで使っている部分は伸びていくし、使わなくなった部分は劣化していく。だからこそ、想像力も使わなければ劣化していく一方なのである。

好奇心を失っていくのも実に怖いことである。最近はSNSもそうだが、小さい画面の中の情報だけで生きているから、遠くを観たり、空間の中での音の認識力、微妙な嗅覚の違い、触覚の能力などが確実に劣化してきている。当然ながらスマホ依存の大人より、こどもの感受性の能力と想像力は高いのである


●安全性というエクスキューズ

最近、機会があって、自分がデザインした巨大な滑り台などを実際の公園に見に行くことができた。自分がデザインしたアイテムや遊具を、子供たちが楽しく使っているのを見るのはとても嬉しく、この仕事をして本当に良かったと感じる。

仕事というものは、やりっぱなしではまずい。造ったものの責任もあるだろうし、それが世の中でどんなふうに使われているかを知ることはとても大事で、忙しさを理由にこのステップを抜かすのは危険だ。

ありがたいことに、自分がデザインした遊具はとても評判が良く、日本中にどんどん増殖している。その一方で、絶滅危惧種といわれている「タコの滑り台」とか「ジャングルジム」「ブランコ」さえも老朽化と危険性の問題から片っ端から世の中から消滅しつつあるのである。

公園のある自治体や団地は責任をとらなくていいかもしれないが、同時にこどもたちにとっては、運動と想像力を発揮する大事な機会を失っているのである。だからこそ、自分としては、安全性を保ちつつも、タコの滑り台のような不思議な造形に身体から飛び込んで遊ぶような環境を作っていきたいのである。ただ、手すりのしっかりした階段を上っては降りるというような無機的で単調な滑り台と、有機的な体内巡りのような、タコの滑り台ではこどもたちの心理的な高揚感はまったく異なる経験だろう。

●大人の役割と責任

こどもにとっての遊びは仕事でもある。全力で想像力を駆使して、絶体絶命のアクションヒーローのように自分を設定して現実を拡張した遊びをすることが、思考力、想像力を鍛える訓練にもあるはず。これは間違いない。高さわずか10センチの板の上をあるくだけでも、踏み外せば下にはピラニアやワニがうじゃうじゃいる危険な川なのである。想像力で全力で遊んでいるのである。そのためにはまず、想像力を発揮できるような環境づくりがとても大事なはずであり、そういう場を構築することこそが、大人の役割と責任ではないだろうか。

デザインという職業では、今までだれかがやったことと同じことをするのはタブーであって、絶対にあってはならない。今までに誰もやったことのないことを創り出すというのが、まずは仕事の最低条件としてある。存在してないものを作り上げるには想像力が不可欠である。そういった意味では、こどもの世界観に近いのかもしれない。

これからも、こどもたちの想像力を発揮できるような環境づくりに携わっていけたらと感じる。それにはまずは、デザイナーとしての想像力を鍛え上げるような日常習慣を保たなければならない。その1つが、山を駆け回ることでもある。植物や花の変化、鳥のさえずり、水の音、風の音などを感じることだ。スマホはいったん電源を落とそうではないか。

 


2024年5月1日更新




▲ベネッセさんの進研ゼミで小学生/中学生向けの教具をたくさんデザインしております。これはその中の1つですが、使いやすさや雰囲気は自分でも気に入っています。(クリックで拡大)

▲ジャクエツさんの遊具「メビウス」がJIDAデザインミュージアム賞を受賞して六本木アクシスで展示してました。モダンな階段と不思議と相性が良く、現代彫刻のように映えました。(クリックで拡大)

▲ドイツIF賞を受賞した、ジャクエツさんの滑り台「マウンテン」。いろいろな機能を持たせて、FRPの一体成型で作られています。子供たちは無我夢中で楽しんでくれています。(クリックで拡大)

▲東戸塚駅ちかくの「水の広場」に「マウンテン」が設置されました。この日は雨で子供はおらず、作品と静かに向き合うことができました。(クリックで拡大)








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