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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その48:表が裏になる話

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(ハーフマラソン91分、フルマラソン3時間20分、富士登山競争4時間27分)。



「表」と「裏」という関係性は、一般的には人の人格を表現する時に使われます。「あの人は、裏では実はひどい」「あの人は表裏がない、とてもいい人」など、よく使われます。人間社会では人の性格としては、表も裏もないほうが信頼度は高いということになっています。

ただ掘り下げていくほど、「裏の顔」があるほどその人の魅力度みたいなものはすごく上がるか、すごく下がるかで驚くこともよくあるのです。すべての人が表も裏もなかったら、人生はとてもつまらないものになってしまうかもしれません。

今回は、デザインの話での表と裏です。

●位相幾何学を遊び学ぶ

「メビウスの輪」というのはご存じだと思います。例えば細長い紙で作った輪を、一度切断して1回ひねって、もう一度接続させると、表が裏になりと面が反転していきます。これをタテに2分割して切っていくと、不思議なことに大きな1つの輪になります。さらに輪を2回ひねったものを切っていくと、今度は2つの輪の鎖のようなものになります。まるで、手品のような現象が目の前で起きるのでとても不思議です。この現象は3次元ではさらに「クラインの壺」という不思議な立体物にまで研究されています。こういった現象の種明かしは数学的には「位相幾何学」というジャンルで昔から研究されている学問なのです。個人的に、この不思議な世界観を何かデザインに応用できないか、ずっと考えていました。

とにかく最初は、このメビウスの輪をデータ化することから始めました。実は低価格のCADでも何の支障もなく作成できるのです。一度作ったデータを時間があるときにいろいろと手直しして、リズム感みたいなものを注入して遊んでいました。あとで分かるのですが、実はこういったことってすごく大事で、最終的にやりたいことって、実はかなり早い時期から、楽器の基礎練習みたいに地味にコツコツと続けていかないといけないということなのです。

淡々と練習しながら、まずは身体の奥の方に記憶させてそれを定着させておくということです。反応の速度っていうのは不思議なもので、脳で考える反応よりも、身体で対応する反応速度のほうが圧倒的に速いのです。考えていたら間に合わないという感覚があります。それがしみ込んでいるほど、ボールが来た時に体が反応できてシュートが可能になるのです。ボールは来ないかもしれない。でも、ボールは来るかもしれない。それは誰にも分らない。来た時に対応できるように準備しておけばいいだけの話。

そして、チャンスというものは、いつも予期しない部分から生まれることがとても多いのです。チャンスが来る確率というのも実は公平です。ついている人はチャンスを大事にして1つひとつを拾い上げている人であって、逆についていない人はせっかく自分に巡ってきたチャンスを、ただ見逃しているだけなのです。この差はとてつもなく大きいです。

●広がり続けるメビウスの輪

最初にメビウスが実現したのは、ミラノサローネで板金で新幹線の先端を作製している山下工業所の社長さんと知り合ったことがきっかけでした。当時、有田焼の仕事でいろいろと料理の世界を調べていたのですが、メビウスの輪で料理のお皿を作ったら面白いのではないだろうか? という発想があり、これを金属の板金の技術で作ってみようという話になったのです。これは、銀座の和食屋さんのために作られました(写真1)。実は、この作品はのちに、岡田奈々さん主演の「恋」という映画で、映画のキーとなるモチーフとして登場しています。

次に、ジャパンクリエイション大賞とシネマ大賞という大きなイベントのトロフィーの依頼が来ました。この賞では、今までずっと岡本太郎氏のデザインのトロフィーが使われていたのですが、ここにきてイメージを新しいものに変えたいという要望があり、私のところに最終的な依頼が来たのです。今度は竹中銅器の鋳物の技術を使って「メビウストロフィー」を作製しました(写真2)。これまた大好評で、毎年採用されるように定着してきました。芸能人がたくさん集まる華やかな場で自分のデザインしたトロフィーが光り輝いているというのは今までになかった高揚感を感じることができた時間でした(写真3)。

カタチの連鎖というものは自分自身の中で続いていくものです。自分しりとりという感覚でしょうか。先ほどのメビウストロフィーを拝見したと、児童遊具を作っているジャクエツ株式会社の社長さんから、こんな遊具を作って欲しいという依頼があり、巨大なメビウスの作成が始まりました。これは、巨大なFRPで作成され、とてもインパクトのある作品となりました。王様の椅子のポジションであるとか、居心地の良い場所が作られているので子供たちも飽きずに遊んでくれています。インダストリアルデザイン協会でのミュージアム選定商品にも選ばれています。今までなかった、有機的なぐにゃぐにゃしたフォルムは子供の好奇心をくすぐるようです(写真4)。

メビウスの連鎖はまだまだ続きそうですが、温めていたアイデアがちょっとしたきっかけで、花火のようにどんどんと打ちあがっていくのはとても充実感があります。

●30年生きる「PECON!」

メビウスとはまた違う形ですが、「表」と「裏」という関係性の作品で「PECON!」という、サプリメントケースをデザインしたことがあります。ソニーを退職して、自分の実力が世の中のどのあたりなのかを模索したくて、当時はいろいろなデザインコンペに応募して、その賞金で生活していた時期がありました。

第2回の富山プロダクトデザインコンペに応募して、その時のテーマの1つに「薬の容器入れ」というものがあったのです。シリコンでできた河原の石みたいな丸いフォルムで、中にサプリメントを入れるのですが、ふたの部分をそのまま押し込むと「ぺコン!」という音と一緒に、ふたの部分の山だった形状がひっくりかえってお皿形状になるのです。そこにサプリメントを小出しにして、手で取ってまた山の形に戻すというアイデアです(写真5)。

コンペではデザイン優秀賞をいただき、たくさんのデザイン雑誌の表紙に使われたりもしました。英国のインターナショナルデザインイヤーブックにも選定されたり、たくさんのメディアが取り扱ってくれた作品です。当時は独立してまだ2年くらいだったので31歳だったと思いますが、その時点での自分を説明するのにちょうどいい作品になったと思います。

当時は、金型技術がまだ追いついていなくてプロトタイプ状態で放置されていたのですが、7年後にシリコン製品を扱うアッシュコンセプト株式会社の社長さんと知り合い「これまだ商品化していないんだったらうちで作るよ!」といわれて、まあ、簡単ではなかったのですが製品化することに成功したのです(写真6、7)。

これは自分のデザイン史の中でも実に大きい出来事で、いろんなことを学びました。そして、デザインにおけるアイデアの重要性を痛感しました。いくら年月を経ても新鮮さが失われないのです。製品化して数年後に、大手健康メーカーのノベルティーでさらにものすごい数が生産されて、車1台以上の金額のボーナスが入ってきたときもあります。

さらに面白いのが、世界中のいろんなところからこのデザインとアイデアを称賛してくれるメールが来るのです。アッシュコンセプトの製品は、デザイナーに敬意を表して製品のどこかにデザイナーの名前が入っているのです。そこから検索していけば、デザイナー本人に連絡できるような感じです。「PECON!」に関してはヨーロッパから南米からと、世界中のいろいろなところから、嬉しいメッセージが届きました。実は、つい先月もオーストラリアからもう一度購入したいのだがどうしたらいいのでしょうか? というメールをもらったばかりです。

もうデザインしてから30年近くも立っている商品です。残念なことに現在は、生産を止めている状態なのですがリクエストはものすごくあります。社長にもそれは伝えているのですが…。だいぶ前ですが、見知らぬアメリカ人がYouTubeに「PECON!」の使い方の動画をご丁寧に説明してくれたこともあります。それだけ、言語を超越した感動がこのデザインに存在し、誰かにそれを拡散したいということと理解しています。ありがたいことです。

デザイナーとして生きていて、自分の人生に常に寄り添うような作品が数点あるものです。その中の1つに僕の中には「PECON!」という、サプリメントケースがあります。今では認知度的にはオリンピックの卓球台が強くなってきているのですが、世界中の人と自分の考えたデザインでつながっていけるというのは、本当にありがたいと感じています。

「表」と「裏」のデザインはまだまだ、ライフワークとして継続していきます!


2022年8月1日更新





▲写真1:銀座の和食屋さんに作ったメビウスの輪のお皿。(クリックで拡大)





▲写真2
:メビウストロフィー。(クリックで拡大)



▲写真3:同じくメビウストロフィー。(クリックで拡大)





▲写真4:巨大なFRPで作成したメビウスの遊具。(クリックで拡大)





▲写真5:サプリメントケース「PECON!」。(クリックで拡大)



▲写真6:お皿形状の「PECON!」。(クリックで拡大)



▲写真7:「PECON!」のふたの部分を押し込む。(クリックで拡大)














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