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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その42:ハートの話

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

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[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(フルマラソン3時間21分、富士登山競争4時間27分)。



フナの解剖

小学校高学年の頃、理科の授業でフナ(鮒)の解剖実習があった。学校の池で飼育されていた20センチほどのフナを解剖するのである。まあ、予想通りにキャーキャーと悲鳴が上がる理科室での大騒ぎの解剖実習は無事に終わった。普段、焼き魚や刺身を食しているのに、実際にそれが生きている状態だとメンタル的なダメージはまったく違う。たまに、地方の飲み屋さんで、三枚におろしたアジとかを水槽で泳がせたりしているが、まあ、いろいろと生きている状態での調理というものは魚であれども複雑な心境になるが、日本はそういった活魚の食文化の多い国だ。

まあ、とにかく、フナの解剖を終えて印象に残ったのは、全長20センチほどの魚であるのに、心臓自体の大きさは小学生の小指の爪半分くらいの大きさで非常に小さいことに驚いた。こんなにも小さなポンプで、身体全体の血流を送り出していることに感心した。心臓そのもののサイズ感としては魚に比べると人間の心臓はとても大きいように感じる。人間は魚と違って直立しているから、垂直方向の血液のくみ上げと重力の関係もあって心臓が大きく発達したのであろうか?

そして、解剖後に不思議だったのは、身体から分離された心臓なのに、まるでそれが別な生き物のように、独立して規則的な鼓動を刻み続けているのである。その動力っていったいどこからくるのであろうか? 細胞の中に持続できる何か存在しているとしか思えない。

授業時間も終わり、なんだか、そのまだ動き続けている心臓を処分するのも忍びなく、誰にも見られないようにしてきれいなピンク色のフナの心臓を、理科室のゴミ箱に落ちていた紙のマッチ箱に収め、それをポケットに入れた。なんだか、すごく悪いことをしているような感覚が走り続けていた。今でも、その時のことをはっきり覚えているのだから、相当な衝撃の時間だったのであろう。

その日の次の授業は確か社会だったと記憶しているのだが、その授業でも教師が板書で後ろを向いた時に、そっとそのマッチ箱を開けて中をのぞいていた。不思議なことに切り離された小さな心臓は、何事もなかったかのようにまだまだ動き続けていた。とにかく一生懸命動き続けていた。なんだか、感動する。4回以上は、マッチ箱を確認したと思う。なんだかずいぶんと、長い時間動き続けていたように感じた。ただ、お昼の給食の前には、動きは止まってしまった。

なんだか、とても残念だったが、不思議な驚きはそれ以降ずっと自分に中で記憶として留まっている。もちろん、この話は誰にも言っていない。人間の心臓とかもおそらく切り離されても、しばらくは動き続けのだろうと、その時に確信した。

●腕時計に心臓をデザイン

デザイナーになって、その時の心臓の記憶を表現した「GUYS&DOLLS」という時計をデザインした(写真1)。これはパルコから販売されて、グッドデザイン賞をはじめ、当時の流行雑誌のPOPEYEなどにも大きく取り上げられて話題になり、よく売れた腕時計である。

千葉大とソニーの大先輩である黒木靖夫氏がお膳立てしてくれて実現したプロジェクトであった。実際に時計を解剖して、その内部に秒ごとに動く部品がムーブメントがあることが分かり、そこにペイントで赤い色を付けて窓から見えるようにしたデザインである。1秒ごとに、秒針の代わりに作られた小窓が心臓のように鼓動を表現するというもの。小学校時代のフナの解剖の後のマッチ箱の心臓の強烈な記憶がデザインに昇華されたのは何だか嬉しかった。この時計は、生き物のような不思議な生命力を感じることができた。そんなこともあった。

●心臓を生贄にする風習

その後、大学生になり、バックパッカーでいろいろなところ行ったり、たくさんの歴史の本とか読むようになって、日本国内を含めて「人柱」という風習が存在していたことを知った。古来から重要な建築物や橋などでは、それが無事に完成するために、工事が始まる前に人間が地中に埋められたりと犠牲となる風習が存在していた。そして、その残酷な慣習が世界中にあったことにまず驚いた。

知識とは知るほどに驚くものであるが、中南米などの遺跡を旅すると、ピラミッドなどの遺跡には必ずと言っていいほど、生贄として生きたまま取り出された心臓を置く「チャックモール」と呼ばれる石を削って作られた祭事用の台が存在していたのである。興味のある方はぜひ「チャックモール」で検索してみてほしい。瞬時にたくさんの画像が確認できる。

映画「インディージョーンズ」に登場するシーンにおおよそ似ているのだが、現実として幾度となく行われてきた儀式の事実なのである。おそらくは、その祭事において、生贄となって取り出された人の心臓はその台の上で、しばらくの時間、動き続けていたんだろうと想像がつく。マッチ箱の心臓の持続時間よりも長かったのかもしれない。

●巨石文化と奈良の「酒舟石」

奈良が大好きで、よく空いた時間に古墳などを観に行くのだが、奈良は本当にほっとする何かがある場所だ。飛鳥に「酒舟石」という幾何学的な彫刻がほどこされた巨大な岩がある。今まで、ボリビア、ペルー、メキシコ、エジプト、パキスタン、ブータンなどの遺跡地帯をいろいろと歩いてきて、日本国内にも非常によく似た巨石の遺跡が存在する共通点が不思議でならなかった。

古代の巨石文化というのは地球規模で共通された法則的なものがあり、とても興味深い。地球全体を統括していたとしか思えないような共通性が、その巨石文化に感じられるのである。一致しているのは、なにか、やはり祭事としての生贄儀式的なものが上部にあり、それが液体として下流に流れていくという構成である。上部には、やはり切り離された心臓が置かれていたのではないだろうか。

「酒舟石」はその液体が流れていく部分の彫り込まれた図形のデザインが、まるで、ミステリーサークルのように、現代的、幾何学的でとても美しく、図形として非常に魅力的に感じる。その古代のロマンに敬意を表して、「酒舟石」のお皿を有田焼で、友人のフレンチシェフH氏の「レストランSUD」専用にデザインした(写真2)。 

現代的フレンチコースのアミューズのプレートとして、動きの伴う素晴らしい演出効果で、いろいろなワインソースなどが途中で混じりあったり、液体の生命的な動きを伴って「食」というものに感動を与えてくれる。フレンチの重鎮でもあるH氏の素晴らしい料理をぜひとも味わっていただければと思う。興味がある方はぜひ訪れてほしい。生きるということは「心臓の鼓動」「流れる液体」「それを食す」という要素が不可欠なのだと実感する。

●特殊な生命力を感じる臓器

自分自身を振り返ってみると、今まで「心臓」に関して仕事としてもいろいろと関わってきたことに改めて気づく。長年、体温計をはじめとして、輸液ポンプのデザインなどでもお仕事させていただいた株式会社テルモさんでは、「人工心臓」のデザインもさせていただいた(写真3)。これは1994年の日本医学会総会でも展示して、一般週刊誌などでも取り上げられ、かなり話題となった。

人工心臓のデザインで一番難しいのは、その動力としての電源供給のシステムだ。電源が途絶えてしまえば、ポンプは当然ながら停止してしまう。体内に埋め込めるシステムはそこそこ小さいサイズなのであるが、その動力としての電源供給には大変な装備が必要であった。ただでさえ、心臓疾患がある患者さんに重いバッテリーを装着させなければならないジレンマに大いに悩まされた。これをきれいにまとめるのには本当に苦労した。今、コロナで世界中で大活躍しているエクモもテルモ社で創り上げた人工肺の機器なのであるが、人間の臓器を人工物で置き換えるには、最先端の技術を使っても、まだまだ追いつかないものである。それだけ、神がつくりあげるものは素晴らしいということなのだろう。マッチ箱の心臓が電池もないのにしばらく動いていた不思議がまさにその生命の不思議さと一致するのである。

また、視覚障害のある人の書いた「詩」にいろいろな分野の作家が立体のオブジェを作成するという「NHKハート展」というイベントに参加したこともある(写真4)。展覧会形式としての展示と並行して、何度も作品がTVで放映された。眼を閉じて、手の感覚だけで楽しむ立体パズルを作成したのであるが、これが意外と難しい。ハートの形って世界共通で記号化されている形なのであるが、これはこれで、とても心地よいアイコンになっていると思う。実際の心臓はこういう形ではないし、展開すると、細長い帯状の筋肉になるという話も聞いたことがあるが、それは別な話だ。心臓には「がん」がないのも、ほかの臓器とは性質そのものがまったく異なるし、単純な筋肉として考えたとしても、「心臓」は何か特殊な生命力を感じる臓器という印象なのである。

誰もが1つは所有している「心臓」という臓器。自分がデザイナーとして関わってきた中でも、「心臓」に関連するテーマが周期的に発生していて興味深かった。また、機会があれば別な「臓器」をテーマとしていろいろと考えてみたい。個人的な興味としては、「腸」にとても関心がある。たまには、自分の「臓器」について考えたり調べたりするのも楽しいものである。

 


2022年2月1日更新




▲写真1:秒針の代わりに赤く点滅する腕時計「GUYS&DOLLS」。現在は発売終了。(クリックで拡大)




▲写真2:フレンチレストラン「SUD」専用に、古代の「酒舟石」をモチーフとしてデザインしたプレート。作成は有田焼の「有田焼 李荘窯業所」。




▲写真3:テルモの人工心臓のデザイン。(クリックで拡大)




▲写真4:NHKハート展より。(クリックで拡大)











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