pdweb
無題ドキュメント スペシャル
インタビュー
コラム
レビュー
事例
テクニック
ニュース

無題ドキュメント データ/リンク
編集後記
お問い合わせ

旧pdweb

ProCameraman.jp

ご利用について
広告掲載のご案内
プライバシーについて
会社概要
コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その35:家を建てるということ:建築編

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(フルマラソン3時間21分、富士登山競争4時間27分)。



●松葉杖で地鎮式

家を建てるときに、世帯主に災難が降りかかるというジンクスがある。自分の場合もまさにそうであった。土地を買って地鎮式の2ヶ月前に、24時間耐久のトレイルレースの下りでジャンプの着地で失敗し、左足の脛骨と腓骨を骨折してしまったのだ。竹を割るような大きな音がして、左足首が完全にあり得ない方向にねじれていた。その時は、なぜか冷静に足首を正しい位置に自分で入れ直したのだが、結果的に手術を3回して、楽しみだった家の地鎮式は松葉杖での参加となった。

その後、いろいろと調べてみると「陰と陽の法則」というものがこの世には存在するらしい。大体、家を建てるというタイミングは仕事も私生活も絶好調の時期と重なるものだ。かなり、強烈な「陽」が発生すると必ずそれとバランスをとるためのマイナス分の強い「陰」が生じる。

大体は、一家の大黒柱に起きるものだが、何か災いが起きた時に、ペットが犠牲になってしまうという話もある。まあ、自分の場合は骨折で済んだのでよかったと思っている。ちなみにこれ以降は大きなケガも病気もない。それ以来、不運が続く日ほど「運」の貯金が増えたとポジティブに考えるようになった。ここぞというときに、貯めておいた「運」を使うのが人生においては大事なような気がしてならない。「運」の使い方については、長くなるのでまた、別な機会にじっくり話したい。

●方位と窓にこだわる

家を建てるというのは、非常に楽しい反面、考えることが山のようにあって悩ましい日々が続く。特に方位と窓の関係は重要である。賃貸マンションの時代は、西の窓からの夏の西日で部屋が高温になり辛い思いもしていたし、北に大きな窓があると、冬の北風で部屋全体が冷え込んでしまったり。

そんな過去の教訓を生かして現在の家は東の開口面積を広く取り、青白い朝日が部屋中を満たし、どの季節でも気持ちの良いものとなっている。西はものすごく小さな開口だけで西日地獄は回避されている。これだけで、毎日が快適なものとなる。結果的には風水的にも良いものと符合していくから面白い。これは図面や建築模型だけでは把握できない要素だ。

生活に影響のある建築的な要素は非常にたくさんある。小さな部品としては、コンセントの位置や高さとかも重要で、ここにコンセントがあれば、掃除機が届くのにとか、生活で必ず使う家電製品の稼働範囲に大きく影響してしまう。細かい話は本当にきりがないのであるが、家を建てるという行為は、悩みだすと本当に無限ループにはまってしまう。

●生活と仕事の快適さを徹底追求

そんな中でも、自分や家族の生活動線に最適な構造であることがもっとも重要だと思う。

自分の場合は、それまでは、事務所と住まいを別々にして、仕事をするときはその都度事務所に通っていたのであるが、一人で仕事をやっていることもあり、まず面倒だったのが宅配便の荷物の受け取り。賃貸マンションだとなにかと留守中に受け取れなかったときの時間のロスがばかにならない。急ぎの案件も多いので、サンプルが届かないとその次の工程に進めず、かなりのストレスになっていた。

それを解決させるために、郵便ボックスは市販されている中で一番大きいものにしたり、玄関脇に外からは見えにくい宅配ボックスを設置したりなど工夫を凝らした。今思えば、外に冷凍庫や冷蔵庫を設置して生ものも保管できるようにするというのもあったかもしれない。コロナで宅配便がさらに重要な生活の位置づけとなり、荷物の受け取りには今後も改善していきたいものだ。

・「秘密の通路」
自分の場合、夜中にふとアイデアが閃いて作業をするということが往々にしてある。閃きは朝になるとすっかり消去されているので「鉄は熱いうちに打て」がデザインでは鉄則だと思う。そこで、玄関が事務所用と住居用の2つあり、事務所と住居が内部でつながっているという構造にした。

当初は寝室から消防署の出動でおなじみの鉄の棒で、瞬時に事務所に降りることを考えていた。007やサンダーバードさながらの、滑り台もいいなあと思っていた。しかしながら、よく考えれば、アイデアが閃いて事務所には瞬時に到着はできるものの、また寝室に戻る時は、小学生時代の登り棒状態になり、なんだか面倒だし、両手がふさがり、モノも持てないので断念した。

最終的には銭湯の煙突のような垂直の梯子に落ち着いたのであるが、この梯子の使用率は非常に多く、現在は手で握る部分だけ塗装がはがれてピカピカになっている。これは大正解だった。自分の場合、24時間デザインしているのかもしれない。オンとオフの切り替えというものは存在しなく、常にオンなんだと思う。むしろオフの時間にアイデアはやってくる。

・「玄関の鍵」
前回も触れたのだが、購入した土地の近隣に巨大な緑地公園があり、ほぼ毎日この公園を10キロ近く走っている。ほとんど毎日のことなので、外出時に鍵を持って出かけなくていいように、ドアはすべて暗証番号で開けるタイプにした。これも非常に有効だった。出かけるときに忘れてはいけないものが1つ減るだけで、ストレスもなくなる。出張に出かける時も、スマホと財布さえあればとりあえずはなんとかなる。

ランニング中も寝ている時と同じくらいにアイデアが閃く時間帯なので、事務所の隠し扉の裏にシャワーブースを設けて、ランニング直後にシャワーを浴びてすぐに作業に取り掛かれるようにしている。この構造も本当に役立っている。長い年月で考えれば、確実に仕事に直結した結果が出ているような気がしてならない。これらのアイデアは、なかなか賃貸物件では実現不可能であり、自分で家を設計することの最大のメリットだと思う。

・「アスレチック」

建物全体をアスレチックの装置にできないかと、壁面にボルダリングのホールドを設けたり、ドライエリアに懸垂用の鉄棒をつけたりもしたのだが、結局これらはあまり使わなかった。何事も、実践してみないと使うかどうかも分からないものだ。実際に、毎日公園を走ってくると、さらに別なトレーニングをしようという気にはならない。

コンセントも必要以上の数を付けてしまった。これもやってみないと分からない失敗例だ。駐車場にも、EV給電用の電源は設けてあるが、これもまだ使っていない。

・「浴室」
現代美術のタレルが大好きなので、ロフトの真上に空が見える四角い窓を取り付けたり、浴室にも空が見える窓とかもつけた。湯舟に浸かり、タイミングが合えば月も眺めることができる。これは良かった。ギリギリの寸法であったが、自分がデザインしたTOTOの大型円形浴槽を使っている。

独身時代の狭いユニットバスが本当に辛かったので、両手両足を伸ばして湯舟に浸かることができ、それは家族全員がやたらとお風呂に入りたがる癒しの時間帯となっている。これも正解の1つ。

・「トイレ」
トイレに関して言えば、ロフトを除くそれぞれのフロアに1つずつ設置したので、建物の中に合計3つの便器がある。これは、設計していた時に、自分が松葉杖だったことが影響している。身体が不自由な時に、自力で階段を行き来するのは本当に大変だ。また、朝のトイレの取り合いも回避できるし、将来的なことも含めてよかったと思っている。TOTOさんはクライアントで、いろんな浴槽をデザインしてきたのだが、いつか便器のデザインもやってみたい。

・「寝室」
和風旅館が大好きなので、自分の寝室は何となくそれ風にして、深い睡眠確保のために、窓にも木の扉を設けて、完全遮光が可能な空間にしている。建物全体は白で統一しているが、寝室だけはダークな木目でまとめた。睡眠時の部屋の温度管理も大事だなと思い、寝室だけ天井高を2メートルと低く抑えている。これにより、空調システムが瞬時に働く。エアコンの効きがすこぶる早いのである。天井高が高いほうが、見た目はすっきりして気持ち良いのだが、とにかくエアコンが効かないという致命的な問題がある。

寝室にはスマホも持ち込まない。充電中の電磁波が良くないという説もあり、とにかくお陰様で、かなり質の良い睡眠時間は確保され続けている。とにかく、最近特に睡眠の質はとても重要だと痛感している。以前、三軒茶屋の246沿いに住んでいた時の、車や街の騒音に悩まされた反動なのかもしれない。

・「ダイニング」
ダイニングに関して言えば、着席した状態で、手の届く距離で冷蔵庫の中のものが取り出せる距離に設置できるレイアウトにした。これもまた非常に便利で、いちいち立ち上がらなくて済むのでとても便利だ。食事中はかなりの頻度で飲み物や調味料を取りに行ったりする。これが座ったままできるのは快適だ。ちなみに、冷蔵庫はもう10年以上も、シャープのどちらからも開くことのできるタイプを使っているが、とてもいいアイデアだと思う。ダイニング周辺の、このあたりの寸法関係はかなり厳密に採寸したが、十分に満足できる結果となった。

●完全な機能第一主義

仕事ではスタイリングを追いかけるように思われがちなのであるが、自分自身は実は完全な機能第一主義である。いくら格好が良くても、使い心地が悪いものは、洋服でも雑貨でも絶対に身に着けない。家もまったく同じで、外から見て格好良くても、使い勝手が犠牲になるような家には絶対に住みたくないのである。

人に見られるというのは優先順位としては下のほうで、まずは自分自身が快適であるというの大前提。外見に関して言えば、常識範囲で不快に思われない程度をまずは守ればいいのではないかと感じている。その快適思考は、年月とともにどんどんと基準が厳しくなっている。ストレッチの服や、超軽量のカバンなど、そういったニーズに対応した商品も増えてきているだけにとてもありがたい。だから、家の外観もできるだけ、目立たないようにしたつもりだ。

自分で家をデザインして、雑誌PENの取材がすぐに入った。するとそれが呼び水となって、いろんなメディアの取材が相次いだ。テリー伊藤さんをはじめ、いろんな芸能人が訪れて、テレビ番組の建築特集で放映されたりした。特に、事務所と寝室のアプローチは忍者屋敷さながらなので、とても受けが良かったようである。

今現在は、取材や見学はすべてお断りしているのだが、まだまだ、いろいろと改善したい部分も残っている。先ほどのダイニングの例のように、あえて距離を狭めるということで、便利さが手に入ったり、天井高を抑えることで、空調がすぐに効くとか、小さくすることのメリットを実感した。だから、コルビジェが最終的に仕事場としていた、海辺の小さな掘っ建て小屋がいいなぁと思ったりもする。

室内から自然が見え、気持ち良い風が通り抜ける。必ずしも大きい空間が住みやすいということではなく、手の届く範囲で、いろんなことができるというのは魅力だし使い勝手がいいのだと思う。もちろん、広い部分はそれなりに大事なので別に確保するという前提だが。

そして、その家がどういった環境に建てられているか? そういった意味では、都心でも、自然が豊かなエリアというのが自分にとっては一番なのではないかと感じる。仕事場から海が見えるというのもいいかもしれない。自分の場合は富士山が見えるというのは絶対条件だった。今まで住んでいた場所からは大体、富士山を眺めることができた。現在の家も、もちろん富士山が見える。予算の関係で、冷蔵庫が近くにある屋上露天風呂と天体望遠鏡のドームはあきらめたのだが、いつか実現したいと思っている。

いつかまた、機会があれば家は建ててみたいが、その場合でも富士山が見える土地をまずは探すところから始めるだろう。多分、DNA的に富士山を観ることで毎日の元気をもらっている気がするからだ。「家」というデザイン。これほど、自分の生活に影響を及ぼすデザインは他にないだろう。そして、これだけは他人にはデザインさせたくないものでもある(笑)。

自分の人生は自分で決めたい。逆に、人に押し付けたくもない。


2021年7月1日更新




▲「住居部分の玄関からの眺め」。東面の開口部を広く複数確保することで、毎朝がとても気持ち良い。ここも全体を白く抑えている。上階のRもデザインポイント。(クリックで拡大)




▲「月が眺められるタレル窓の浴室」。浴室も、窓をたくさんつけて空が見え、風通しの良い空間に。北側斜線ギリギリの空間を生かして浴室を設置。バスタブは自分の作品でもあるTOTOのスーパーエクセレントシリーズ。もうデザインして12年以上のベストセラーモデル。(クリックで拡大)



▲「3階のリビング」。ここだけは天井が高い。この時点では、ダイニングの椅子を軽量のガーデンチェアをひとまず使っていたのだが、意外と使い勝手がよかった。出入りの激しい部分の椅子は軽いものが便利だ。ソファーは置きたくなかったので、床を掘り下げてクッションをオリジナルで作成した。(クリックで拡大)



▲「寝室」。この空間だけ和風旅館風で落ち着く。この写真の中に、実は事務所に降りる秘密通路がある。腰掛けられる収納スペースの1つを開けると、通路が出現する。見ただけでは絶対に分からない(笑)。(クリックで拡大)



▲「事務所の打ち合わせスペース」。作品を並べられるように作り付けの棚を作成した。展示内容はかなりの頻度で変わっている。(クリックで拡大)



▲「事務所の全体」。フリースペースを大きくとっているので、大きいサイズの仕事でも、図面やモデルを広げて作業ができる。広くて何もない空間というのは、なんにでも使えるから便利。スケートボードで移動するときもある(笑)。(クリックで拡大)










Copyright (c)2007 colors ltd. All rights reserved