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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その24:カタチとキモチの関係

澄川伸一さんの連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(フルマラソン3時間21分、富士登山競争4時間27分)。



●カタチから受信するさまざまな感情

どんな物体でも「カタチ」が存在する以上、そこに「感情」が存在する。

道端に転がっている石ころ1つを手にとって、じっくりと眺めてみれば、そこには何らかの「魂」のようなものが1つひとつに宿っているのに気が付くはずだ。石ころが長い年月を幾度となく転がってできたその丸みは同じものが1つとなく、それぞれが過去の歴史をもの語っている。

傷ついてきた歴史は優しさの歴史でもある。だから丸くなれる。だから、丸い石同志であれば、おとなしくそこに収まることが可能なのである。そして、そこに尖った石が1つ入り込めば、周りを傷つけながらも、自分自身はだんだんと丸みを帯びていくのだ。これは哲学でもある。

私たちの何気ない日常ですれ違っていく人たち。交差点で通り過ぎる人や、電車で正面にたまたま座った人、つり革の隣の人の顔や身体。それぞれの現在の感情や今まで生きてきた経緯がそこに現れてしまう。眉間にしわを寄せて、つらーいオーラを周囲にまき散らしている人もいれば、何かを忘れるようにゲームに夢中になっている人、これからの予定にワクワクの人もいればと、さまざまである。そこから私たちは相互にいろいろな情報を無意識に情報交換し、影響を受け合っているのだ。

私たちは、毎日見かけるさまざまな「カタチ」から大きな影響を受けながら、毎日の生活を過ごしているということを忘れてはならない。それらの視覚情報の影響は馬鹿にならないほど強大なものである。そして、それぞれの、その本質的な部分にネガティブ感情とポジティブ感情の大きなダイナミックレンジが存在する。

だからこそ、できるだけ、毎日が少しでも楽しく過ごせるようなポジティブなエネルギーを放っているものに可能な限り接する機会を増やすことで、良いエネルギーを吸収していたいものだ。それが、自分自身の毎日の仕事の成果や趣味のモチベーションに大きく影響してくるものなのだから。そして、その毎日の積み重ねで、気が付けば自分の人生というものが築かれているものなのだ。

●ネガティブとポジティブの対処


自分自身はこのあたりのセンサーが人一倍敏感で、ネガティブ感情を受け取ってしまった段階で、とにかくそわそわして落ち着かなくなってしまう。ここにいてはいけないと察した段階で、例えば電車内であれば、すぐに車両を変えたりもする。

どうも、悲しいかな、電車やバスで隣には席が空いた瞬間にかなり迷惑な人が着席する率が高く、相当に嫌な思いをする機会が多いのである。飲み会でも、この人と過ごす時間はまずいと感じたら食べた分の倍の金額置いて容赦なく席を外す。レセプションなどのパーティーで苦手な人につかまってしまったら、トイレに失礼することにしている(申し訳ない!)。

でも、いつもこれで正解だったと痛感している。メンタルをケアするための自己防衛手段でもある。とにかく他者からの負のオーラを受けるのが人一倍苦痛なのである。このあたりの感覚が鋭敏なのは、もちろん、いい部分もあれば悪い部分もあるのだが、こればかりは自分自身を変えることはできないし、変える必要もないと思っている。人に限らず「気」の悪い「場所」や「モノ」も実はまったく同じ。

しかしながら、ポジティブの場合は正反対、状況が違ってくる。いつもの駅に向かう途中の道に咲いたきれいなアジサイがあれば、1秒でも長くそこにいたいし、写真を何枚も撮ったりして留まりたい言い訳も無意識に探している。また、初めて会った人でも、気が合えば時間を忘れてずっと話すこともある。そういうのって、眼が合った瞬間に何となく分かるものでもある。

見知らぬ国の見知らぬ街で出会った、国籍も異なるバックパッカー同志の会話はそういった嬉しさの共有があったりするから楽しかった。そこから得られる幸福感を共有するエネルギーは人生の貴重な1日を左右するから。そしてその余韻には持続力が伴う。

●永遠に放たれる美の波動

だからこそ「美しいもの」を毎日眺めることはとても重要なのである。いいかえれば「美しさと共存できる時間」「ポジティブな気持ちの連続性のある時間」でもある。そこから心地よいエネルギーを受けとることの大切さを古代から人類が皆気付いていて、今日までずっと続いている潜在意識に深く根付いている知恵だと思う。だから、美しいものを保存して、後世に続けていく想いが「美術館」という装置に昇華され続けているのだと思う。日本の「正倉院」だってそうだ。 怖いくらいに綺麗なものだらけ。

この感覚を持続させる1つの手段として、意識的に美術館にまめに足を運ぶのがいい。これは、ソニーに入社した時に鬼部長Mさんからも何回も言われたこと。厳選された美しいものって、眺めているだけでその心地よい波動が時代に関係なく今も私たちに伝えてくれる。ルーブル美術館はやはりため息もので、十分にエネルギーをもらった。

ただし、人が密集する中での鑑賞は逆効果だ。群衆の中で、誰もが早く次を見たいと思っていると、そこに負のオーラがまた発生してしまい、せっかくの空気が台なしになってしまう。

数ある美術品の中でも、個人的にはエジプト美術の「ネフェルティティの胸像」が個人的最高傑作だと思っている。ベルリンにもこれを見るだけのために何度か通ったことがある。紀元前1345年の作品だが究極のバランス美だなあと。とにかく極上の品性があるのだ。3000年以上の年月を、世界中の人々はこの胸像を眺めては癒されたりエネルギーをもらったりしているのだと思うと感無量である。ベルリンにはまたこれだけを鑑賞しにでかけたいものだ。

●デザインはポジティブに

そして、ぼくの仕事は「デザイン」である。 

「デザイン」は、それが何らかの目的のための手段としての「道具」という位置づけだ。だから「機能性」「生産性」「安全性」は、100%満たしているという前提がまずなければ失格である。そしてそれら条件を踏まえた上での、そのさらに上の段階の、感覚的充足感のようなものの追求が非常に大事なのである。

これにはロジックだけでは創り出すことは不可能である。音楽と同じで、その人自身の内面の感情的な部分からにじみ出てくるものであるから。その人の脳を解剖したって分からないのと同じだ。デザインって、必要な条件はクリアした上でそれを物体として「美しくまとめ上げる」ということ。そしてそれらが、心地よい「オーラ」を放っていなければならない。

「アート」にはネガティブも全然ありなのだけれども、「デザイン」は違う。道具として手に取った時に、使う人がなにか気分がポジティブに向かうような気分にさせることが大事だと思っている。こういうことって、実はデザインの本質ではないかと常々思っていて、仕事をするほどに間違いないような核心に近づいているような気がするのである。

デザイナーがあるテーマをデザインしていた時の「閃きの高揚感」だとか、「ワクワク」しながら図面を作っている時の感情って必ず伝染するものだと思う。まるで電子レンジのように、商品が見知らぬ誰かの手元に届いた時、その時の高揚感は解凍されて、手にした人の心に響いてくる。スタイリングもコンセプトもそこでじわっと浸透する。だから、感動や喜びが「ギフト」として存在する。

●デザインもまた感情を発する

以前、「ペコン」というサプリメントケースをデザインしたことがあって、それが世界中で売れた。シリコンの容器なのだが、表と裏が反転することで、密閉された上蓋がトレイに形状変化するというアイデア。幸いにも、この商品の裏側に自分の名前のクレジットが入っていたおかげで、その後、このアイデアに感動した人からメールが来るようになった。Youtubeにもアップされたことがある。それも、世界中の国からである。

たった1行のクレジットから検索かけて、わざわざメールで感動を伝えてくるってよっぽどのことだと思う。商品の説明やコンセプトとか説明しなくたって、手に取ったデザインから、こちら側がデザインした時の高揚感のようなものがそのまま解凍されて伝わるんだな、と実感した。だから僕は、その延長線上でずっと仕事をし続けている。

だからこそ、デザインする側としては、毎日の自分の感情のコントロールとケアがとても大事だと思う。それがダイレクトに伝わってしまう職種だと思うから。日々、気持ちをポジティブに持っていけるように、デザイン以外の音楽や運動で自分を高揚させて、その気持ちをそのままスライドさせてデスクに向かうような毎日。そういえば、オカルト映画や、気持ちが不安になるようなドラマは全然見ていない(シャイニングは除く)。

コロナで、ネガティブになりがちではあるが、そんな状況でも気持ちだけはポジティブに持っていきながら、自分自身を鼓舞していきたいものだ。

2020年8月1日更新




▲「ネフェルティティの胸像」。
(Wikiより引用)





▲筆者がデザインしたサプリメントケース「ペコン」。(クリックで拡大)



▲上蓋がトレイに変化。(クリックで拡大)


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