pdweb
無題ドキュメント スペシャル
インタビュー
コラム
レビュー
事例
テクニック
ニュース

無題ドキュメント データ/リンク
編集後記
お問い合わせ

旧pdweb

ProCameraman.jp

ご利用について
広告掲載のご案内
プライバシーについて
会社概要
コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その17:勝手に”澄川デザイン賞”

澄川伸一さんの新連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(フルマラソン3時間21分、富士登山競争4時間27分)。



●2019年の個人的ベストプロダクトは「AirPods Pro」

2020年、今年もよろしくお願い申し上げます。

1982年に公開された映画「ブレードランナー」は、想定が2019年の11月だったのだが、実際の未来はそんなには進化していなかったことに改めて気が付く。先日亡くなってしまった、ブレードランナーのデザインを担当したシド・ミード氏は、現実の2019年をどう感じたのだろうか。

リニアモーターカーはまだ、日常的に使える状態でもないし、車も自動運転が話題になるもそれほど現実感はまだない。ドローンは飛んでいるが、人が乗るものではない。ましてやレプリカントなどおらんし、部屋にいるのはせいぜいアイボかアレクサぐらいではないだろうか。それほど、劇的に進化したようには感じられないのだが、着実に私たちの生活を便利に快適にしているものも探せばあるものだ。

というわけで(笑)、新年最初の本コラムでは、勝手に”澄川デザイン賞”ということで、2019年の個人的ベストプロダクトを紹介したいと思います。それは絶対にアップルの「AirPods Pro」なのです。。

●ノイキャン内蔵ワイヤレスイヤホンに注目

ヨドバシカメラとかの大型量販店に月1で市場観察に今も赴いている。 これはソニーのインハウスデザイナーだった時から、個人的に続いている習慣だ。今、どういう商品に人気が集中しているか? これを現在進行形で実際の売り場で把握しておくことは、未来をデザインする仕事では仮説を立てるために絶対に必要なことでもある。アマゾンや食べログのレビューは参考にはなるが、それを読んだだけでは分からないことが分かる。

本当に役に立つ情報とは無料ではない。実際に足を運ばないと得られない。売れるもの、旬のものはある予兆を感じさせながらグラデーションのように移り変わっていく。ある時はオーディオであり、ミラーレス一眼であったり、調理器具からゲーム機であったりと順繰りに時代とその気分に合わせて変化していく。昨年まではやはりiPhonexがピークだったが、それも一巡して落ち着いた感がある。そして、現在、もっとも人が集中しているエリアが、ワイヤレスイヤホンのエリアなのです。独特の熱気に人が集中しているのが分かる。

Bluetoothを使ったワイヤレスイヤホンのここ数年の進化はすごい勢いである。その中でも、ノイズキャンセリングの世界が特に進化率が著しい。ノイズキャンセリングそのものは、ボーズ社が世に送り出してからかれこれ10年以上の年月が経っているような気がする。それほど以前からある技術と製品なのであるが、昨年あたりからやっと一般に認知されてきた感がある。
実は私も、昨年の今頃はクイーンの伝記映画「ボヘミアン・ラプソディ」が流行っていて、サントラ盤をソニーの密閉型ノイキャンヘッドフォンの「WH-1000XM3」でよく聴いていた。

WH-1000XM3のノイズキャンセリングの性能は現在も頭2つくらい抜きんでていて、電車の中だろうが、飛行機の中だろうが、まったく別世界の静かな空間にワープできる。1年前は、羽田発の国内線に乗ると大体は前列の何人か…まあおそらく頻繁に飛行機を使用する人でなんとなく工学部系の教授風の感じの人が、これらの商品を使っていたのが印象的であった。ただ、如何せん、移動の時にかさばるのと、装着した姿になんとなくファッション的な違和感を感じるのが気になっていた。そして、そんな中、2019年の後半にアップルの「AirPods Pro」が発売されて、瞬時に完売し、いきなり入荷待ちの状態になったのである。

●AirPods Proのデザイン思考とスキル

今の日本って、電車に乗るとほとんどの人がうつむいてスマホをいじっている。これは日本人が世界で一番多いのではないかと思う。マスクの使用率の高さとの相乗効果で、外国人から見れば、異様な雰囲気がするはず(笑)。

そして日本は、海外と比較するとiPhoneの使用率が抜きんでいている。当然ながらiPhoneで音楽を聴くときに相性が良いのは、アップル製のAirPodsだろう。蓋をあけると同時に接続されるというアクションを最小限にした仕組みはとにかく使いやすい。しかしながら私としてはどうしても、あの「耳からうどん」風な雰囲気がダメだった。それが、AirPods Proではうどんの長さが大幅に短くなり、あの「うどん感」がかなり払拭されていたのである。メガネと同じく、イヤホンも顔の一部とみなされるからこの改善はとてつもなく大きい。そして装着感がとても研究されていて装着しやすく外れにくく、長時間でもストレスなく快適に付けられることに驚いた。ものすごくレベルの高い造形である。 これが、良いデザインというものだ。

とにかく、総合的にこの商品はずば抜けている。個人的に年々、出張の機会が激増してしまい、移動時間は周囲と隔離されたい気分にどうしてもなってしまう。そんな時にノイズキャンセリングの機能の付いたこのAirPods Proというイヤホンは自分にとってはとてもありがたいのだ。ノイズキャンセリングの機能自体はまだ、前述のソニー製のWH-1000XM3のほうが優れていると思う。しかし、持ち運ぶのなら軍配は明らかにAirPods Proだろう。

手に持った時に心地よいケースの丸み加減や、ヒンジの強度、LEDの光り方など細部のいたるところに、行為の工夫がみられる。使う人が本当に使いやすいように計算されている。デザインは思考だけでは完全に未熟なものであって、その思考の要素をカタチに昇華させるスキルでしか成立しない。昇華させる能力がプロのデザイナーの特殊な職能なのである。そういった意味で、このシンプルな石ころサイズの中にとてつもない思考が凝縮されているのを感じる。AirPods Pro、価格は3万円と高価であるが、そう考えると決して高くないし、毎日使うものほど良いものを使いたい。とにかく自信を持ってお勧めできる。もう、他のイヤホンを持ち運ぼうとは考えられないレベルなのである。

●良いデザインを一般に広めていく仕組みを

近年の大きなデザインの賞って、企業側からエントリーしてして審査料を支払わないと、審査の対象にすらならないという仕組みになっている。審査員の推薦枠というのはあるのだが、企業が賞に興味を示さない場合も多いのである。だから大賞に値する極めて優秀なプロダクト=製品が、世の中から背後に隠れてしまうケースがあるのだ。これは非常に残念なことでもある。逆に言えば、賞を取っていないものは悪いデザインなのでは? という誤解を生まないような仕組みが、デザインそのものの認知を一般の人に広めていくために必要だと思う。デザインの賞がノーベル賞や料理界のミシュランのような仕組みで構成されたらといつも願う。そんな思いもあって、勝手に個人的な思いで表彰したい。

2020はどんな素晴らしいデザインが登場するのか、とても楽しみである。もちろん、自分もデザインで頑張りますよ!
 
2020年1月6日更新



▲ソニーの密閉型ノイキャンヘッドフォン「WH-1000XM3」(クリックで拡大)




▲アップルの「AirPods Pro」。(クリックで拡大)

Copyright (c)2007 colors ltd. All rights reserved