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コラム

澄川伸一の「デザイン道場」

その11:デザインが好きなのだからほっといてくれ

澄川伸一さんの新連載コラム「デザイン道場」では、
プロダクトデザイナー澄川さんが日々思うこと、感じたこと、見たことを語っていただきます。

イラスト
[プロフィール]
澄川伸一(SHINICHI SUMIKAWA):プロダクトデザイナー。大阪芸術大学教授。ソニーデザインセンター、ソニーアメリカデザインセンター勤務後に独立。1992年より澄川伸一デザイン事務所代表、現在に至る。3D CADと3Dプリンタをフル活用した有機的機能的曲面設計を得意とする。2016年はリオオリンピック公式卓球台をデザインし、世界中で話題となる。医療機器から子供の遊具、伝統工芸品まで幅広い経験値がある。グッドデザイン賞審査員を13年間歴任。2018年ドイツIF賞など受賞歴多数。現在のメインの趣味は長距離走(フルマラソン3時間21分、富士登山競争4時間27分)。


●デザインは孤独な作業

おそらく会社組織にしていたら自分自身の異常な労働時間の長さは問題が起きてくる。だから個人だ。デザインが好きなのだからほっといてくれ。思考している時間は圧倒的だ。

自分のいろんな趣味の中で、一番好きなものが収入を得るための手段となっている。それゆえに、仕事自体が楽しいし長時間でも苦しくもない。会社に入ってすぐ、いろんなことを経験させるために、デパートのテレビ売り場に1ヶ月ほど研修で販売実習というものを経験したことがある。

場所が新宿というのもあって実にいろんなお客さんが買いに来てくれて、そこでもいろんな出会いの楽しさがあることが分かった。もちろん、変なお客さんもいるが、それ以上にいい人がたくさん存在することが分かった。そしてお客さんとの対話で進めていくような仕事だと、自分が嫌われているか? 好まれているか? がはっきりと分かるようになってくる。

これは、単純に見た目だけの問題ではない。相手が何を考えているかを瞬時に察して、ソフトに情報を提供していくことで、最初の一言から何十万円といった購入につながっていく世界だ。実は、その年末の1ヶ月の売り上げが、正規社員よりはるかによく、一部の社員から恨まれる羽目になってしまった。なんだか、いやがらせのようなものが始まり、不愉快だなと感じていたら、数日後に、その社員が蓋の開いたマンホールに落下して骨折していなくなってしまった。自分はダミアンか! と(笑)。

まあ、それはともかく、たくさんの人と接する仕事は、それはそれで楽しいのだが、自分がいま選んでいるデザインという作業の99パーセントは、孤独に徹しないと成立しない世界なのである。まったく、真逆の世界。とにかく人がいないのだ。

●デザインは実力勝負

デザインの仕事場では、ほとんど誰ともしゃべらない時間が延々と続く。これは、ソニーのデザイン部にいた頃からそうで、当時は個人のブースで小部屋のように自分のエリアが区切られていた。各自が、思い思いにいろんな写真を飾ったり、好きな音楽を鳴らしながら作業に従事していた。

当時、僕のブースの壁の向こう側がお堅い人事部だったのだが、朝一から大音量でかけていた「ビッチズブリュー」がとても迷惑だったらしく、凄まじい勢いで壁を叩かれたのが懐かしい(笑)。こちらは、朝一のデザイン会議に向けて、ハイテンションでレンダリングしていたので、周りのことがまったく分からなくなってしまっていたのだ。当時のデザイン部はしっかりとした結果さえ出せば、普段の素行に関しては、かなり大らかだったのが今思えば不思議なくらいだ。

でもデザイナーにとっては、実力主義の勝ち負けのはっきりした職場でもあった。しょぼいデザインしかしていないと、フェイドアウトせざるをえない場でもあった。だから、できるデザイナーは皆、魅力的でかっこよかった。デザイナー一人ひとりが自分の「色」というものを確実に持っていた。そんな一匹狼が集団になったからこその凄みのようなものを感じられる組織であった。みんなで仲良くやりましょう! みたいな空気はゼロであったが、その反面、良いデザインを生かすための設計サイドに対する援護射撃がものすごく、皆、クールだが頼りになる集団でもあった。でも、実力ない状態なのにカタチから入る人間は瞬殺でつぶされるけどね(笑)。

●音楽と空気、AMラジオ

で、集中力の話に戻ると、人間は本当に集中していると、音の存在を忘れてしまう。聞こえてはいるのだけれども、まったく無音に近い感覚というか。脳内には、何か環境の情報をふるいにかけてくれる便利な機能があるとしか思えない。フリーランスになって仕事中に音楽をかけていても、やはり途中で集中モードに入るとまったく聞こえなくなってくる。

音楽はデザイン作業には必要ないというのが現在の僕の結論。必要なのは、疲れない「視力」であったり「腰痛」のない身体であったり、湿度や部屋の温度管理などである。以前にも書いたが、高級なワークチェアもほとんど役に立たない。なぜなら、集中して作業している時間のほとんどが腕に荷重がかかり、浅く腰かけた前傾姿勢だからである。背もたれもひじ掛けも使わない。それよりも、空調など空気の質の方に僕は気を使っている。

良いデザインを生み出すためには、良質の空気が不可欠で、最善の呼吸が不可欠だと思う。以前、事務所が三軒茶屋の首都高高架脇にあって、排気ガスをたくさん吸っていたのだが、今は、公園だらけの武蔵野地域でどっぷりと仕事をしている。しかし、この環境がすこぶる調子が良いような気がする。これは、デザインだけではなく、楽曲の作曲や文筆業など、自分に長時間向き合う創造活動をしている人にはみな共通しているのではないだろうか。

以前、漆の職人さんの現場を見学させてもらったことがあるが、何故かほとんどがAMラジオを聴きながら、無言で作業をしていたのが印象的だった。そういえば、昔のタクシーもそんなラジオが流れていたような気がする。理髪店もそうだった。山を走っていても、たまにすれ違うハイカーはラジオを流しながらという人たちがかなりの割合で存在する。

AMステレオ放送というのは、何か昭和的な香りがするが、単調な作業の中では、何か効果的な作用があるような気がする。番組の切り替わりというか、時計的な意味もあるんだろう、おそらく。

●労働時間と集中力

マラソンレースとかでよく言われるのが、30キロまでは何も考えるなということ。走るとついいろんなことを考えがちになるのだが、実は、考えていることで脳内ではかなりの量のエネルギーを消費しているそうだ。脳が活動することで消費する糖エネルギーはかなりのものらしい。長距離走は、自分の身体が保持しているエネルギーで勝負する世界。少しでも効率よく走るには、脳でエネルギーを消費することは走りにとってマイナスである。だから、考えない。30キロ過ぎたら、身体の痛みの対策やレースの展開や目の前の人の状況などいろいろと考え始めてもよい。集中力をこの状態から発揮することで勝負が見えてくる。

人間の集中力が20分程度しか維持できないというのは本当だと思う。どこでその20分を使うかを計画しないといけない。大事な仕事の前に、まず雑用を処理してから掛かるという人もいるが、僕は、まず、大事な案件から処理する。マラソンの集中力の話と同じで、雑用で集中力を奪われたくないから。

40歳過ぎた頃から、仕事がほとんど朝方にシフトしている。夜中に目覚めて仕事をしてしまう場合も増えてきている。仕事に飽きた段階で、着替えて外を小一時間走って、シャワーを浴びて、ビール飲んで、小一時間仮眠をとって、また仕事に戻るというリズム。シエスタ的でもあるが、自分にとっては効率がよい。

一番効率悪いのは、眠いのを我慢して机に向かうような時間だ。そんな時は絶対に仮眠をとるべきだ。結局は、寝ていても仕事のことを考えているのだから。 どういう風に面を張るか? 仕上げの表現はどうしようだとか。それが、目覚めた瞬間が一番思考の純度が高いように感じる。

どうしても、日常生活の時間が増えていくと、そこでストレスも発生するし、無駄なエネルギーが奪われている気がしてならない。たまに朝一の打ち合わせで乗る満員電車で受けるストレスはすさまじい。これから解放されただけでもフリーランスになった意味を感じるほどだ。満員電車の移動で、かなりの思考のエネルギーが無駄遣いされてしまっているのは間違いない。この時間は、自分を無にして、ドナドナの境地でやり過ごすしかないだろう。気分はAマイナー。

うまく、自分をコントロールしないと寿命も縮まってしまうだろう。集中力は有限なのだから出番をしっかり捉えないと。

 
2019年7月1日更新



▲ソニー時代にデザインした、AMステレオラジオ「SRF-M100」(1991年発売開始)。シンプルなデザインの電子チューナーのポータブルラジオ。かなり長い期間にわたってベストセラーとなった一機で、今でも使っている人をたまにみかけて驚く。(クリックで拡大)




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