●3人の卒業生
バウハウスを卒業し、成果を残した人物を考えて見ましょう。わたしには3人のデザイナーの名前が浮かびます。1人はスチールパイプの椅子で今でも非常に有名なマルセル・ブロイアー(Marcel Lajos Breue、1902年~1981年)。もう1人はアレッシーから販売されている灰皿(わたしも持っています)や金属食器をデザインしたマリアンネ・ブラント(Marianne Brandt、1893年~1983年)。それから「テーブルランプ」をはじめガラス製品を数多く残したヴァーゲンフェルト(Wilhelm Wagenfeld、1900年~1990年)です。
ブロイアーはバウハウスの1期生です。初期にはリートフェルトを思わせる木を使った構成的な家具を作っていましたが、当時流行の自転車からヒントを得たスチールパイプを使った椅子によって、一気に才能の花が開きました。彼が1920年代に生み出したスチールパイプの椅子は「パーマネントデザイン」と言っていいものでしょう。スチールパイプを使った家具は今でも毎年のように世界中から新しく発表されていますが、結局のところブロイアーの作った太陽を中心として公転する惑星にしかすぎません。しかしその太陽たるブロイアーも、その後バウハウス時代に作った椅子の原形を超えるものを作り出すことは残念ながらできませんでした(後年、合板を使った家具をデザインしていますが、わたしにはちょっと悲しくすらあります)。
あのスチールパイプも「クロームメッキ」されることなく「自転車の仕上げそのままの焼き付け塗装」であったなら、後世に残ることはなかったでしょう。やはり、いろいろな製品を作っているバウハウスの工房の熱気がブロイアーの肉体を借りて世に生み落とした「贈り物」ではなかったでしょうか。
ブラントとヴァーゲンフェルトの名前を挙げていながら実は、今回いろいろな文献を調べるまで知りませんでした。
デザインした球体のポットや灰皿、食器、テーブルランプ自体は「バウハウス的な製品」として昔から知ってはいましたが、それらのものが2人の卒業生の手によるものだと思っていなかったのです。
ちなみにマリアンネ・ブラントは名前からわかるように女性ですが、80年前女性がデザイナーになるということは大変な難儀だったでしょう。しかしバウハウスでは学生の半分が女性だったそうで、単に教育システムだけでなく平等な環境作りといった点においても画期的な学校であったことがうかがい知れます。
2人の名前を知らなかった理由を考えると、バウハウスから生まれた製品は食器や照明機具、ガラス製品、あえて言えばグラフィックすら「共通のデザイン」でできています。つまり、球体や三角錐・立方形などきわめて整然とした幾何形体でデザインされています。どんな目的で使われようが、なかば強引に「基本形体に押し込んで」デザインができ上がっています。2人はバウハウスの典型的なデザイナーだったわけです。それはあたかも「バウハウス」というブランド名の「総合家庭電化用品メーカー」のようです。おかげで統一感があり見た目はとても美しい。しかし本当にそれらのものは「そういう形」でなければいけなかったのかというと、どうも疑わしい。別の形でも同じような目的を果たせたかもしれない。いやひょっとしたら別の形状をしていた方がより使いやすかっただろうと思います。でも後世に残ったのだからよいとしましょう(ちなみに戦後グロピウスがデザインした素敵なティーポットがあるのですが、実際に使ってみるといたく使いにくいという話を聞いたことがあります)。
2人についてわたしは「バウハウス」というブランドの忠実で優秀な「インハウスデザイナー」という位置付けを無意識にしていたのでしょうね。そう考えると、先出のブロイアーはバウハウス工房の「空気の力」を借りたとしても、彼の生み出した椅子の存在感はバウハウス言語を超えたものです。ブロイアーはバウハウス出身の「フリーランスデザイナー」ですね。
実は3人以外にもまだまだ名前を挙げ紹介しなくてはいけない人たちが大勢います。オスカー・シュレンマー(Oskar Schlemmer、1888年~1943年)、モホリ・ナギ(Laszlo Moholy-Nagy、1895年~1946年)、ハーバート・バイヤー(Herbert Bayer、1900年~1985年)、そして最後の校長を務めたミース・ファン・デル・ローエ(Ludwig Mies van der Rohe、1886年~1969年)、そしてバウハウスを戦後ウルム造型大学とし復活させたマックス・ビル(Max Bill、1908年~1994年)などなど。バウハウスはくめど尽きないデザインの原泉です。
●最後に
そんな多大な影響力を残したバウハウスですが、実はもっとも重大なテーマであったにも関わらず果たせなかったことが1つあります。
それは「新しい時代を担う偉大な建築家」を生み出すことができなかったことです。バウハウスが残した偉大な建築物は、グロピウス自身が設計したデッサウの校舎だったなあとしみじみ思うわけです。
皮肉な話ですが、「20世紀の三大巨匠」と呼ばれるル・コルビジェ(Le Corbusier、1887年~1965年)、ミース・ファン・デル・ローエ(Ludwig Mies van der Rohe)そしてフランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright、1867年~1959年)も正規の建築教育を受けていません。
グロピウスの壮大な夢は、建築家を生み出すために作った高速道路の道すがらにすぐれた家具や食器、照明器具やグラフィックデザインを残す結果となりました。
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