moviti/片山典子
1964年神戸生まれ。京都市立芸術大学卒業、東京でインハウスデザイナーとしてパーソナル機器のプロダクトデザインや先行開発に携わる。デザインの師匠である同業のオットと2人暮らし。2005年から“デザインって何だ!”と称してノンジャンルで自主活動展開中。最近はフリークライミングとバスケットボールの“大人部活”と旅行にはまっている。2010年から本格的ソロ活動(離婚じゃなくて独立)開始。
http://moviti.com |
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毎日寒くなったり暖かくなったり翻弄されますが、木の芽はふくらんでいます。梅も咲いています。
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先日大学時代の後輩から誘われて仲間内の呑み会に行ったら、切手デザイナーのTさんに会いました。結局ぐだぐだ楽しく呑んでただけですが。すごい日本で本当に少ない切手デザイナーですよ。
切手、おそらく誰でも1度は使ったことあるアイテムではないか。郵便で送るために貼る機能のものだが、本来の機能とは直接関係ないテーマの精緻で鮮やかな絵がまさに切手大のサイズに入ってる。昔は割とまじめな柄、切手らしい柄のものだったのが、この頃はアニメヒーローとかキャッチーなシリーズが発売されてる。コレクターでなくても郵便局に行くのは楽しみ。
サイトでも柄が見れます。
http://www.post.japanpost.jp/kitte_hagaki/stamp/index.html
今は山シリーズ、注目してます。
http://www.post.japanpost.jp/kitte_hagaki/stamp/tokusyu/2011/h230922_t.html
外国交流系も発色の良さが好きでよく買います。ちなみにイギリスの切手(Royal Mail)のサイトはこちら。
http://www.royalmail.com/personal/stamps-and-collecting
いくらメールやSNSを使っていても、実体のあるものを送る必要はある。事務的な封書を送るときも切手を貼るときに点線に沿ってぴりぴり切り取ったり、湿して貼る行為はちょっと懐かしく、小さいものを愛おしく思う。道ばたの赤いポストを見るとなんだかほっとする。ずっとマンツーマンでモノをちゃんと届ける職業が続いている平和を感じるというと大げさか。人からもらった郵便に気の利いた柄の切手が貼ってあると「あらこの人ちょっとワカル人かしら」なんて思う。
切手のデザインて楽しそうだなあ。
こういう見方もできる。切手は紙幣と同じく国を象徴するビジュアル。世界中に出回る。国内外問わず、国のキャラ、コンセプトを示す役目も負っている。定番のテーマの記念切手、各県の特色、代表するアイテムを紹介する役割もある。人々に「こんなイベントがあるんだよ、こんな視点があるんだよ」と改めて認識させる機能もある。
会ったときもみんないろいろ言いたくなる、「イギリスの切手みたいに面白い企画の切手作ってよ」「AKBの切手ってどうなんよ」「切り取ったときに縁がギザギザになるのが好き」「あの紙(薄くて糊のハリがある)がいい」「いろんな価格の記念切手が欲しい」「シールの切手は紙質もギザギザにならないのが残念」「でも湿さなくてぱっぱと貼れるのでシールは便利」等々。おそらくすごく沢山の人に同じようなことを言われてるんだろうなあ。
そういう勝手な要望に応える提案もやっているんだろうなあ。一方ルーチン通常のテーマの柄も検討しなくてはならない、転載元の絵や写真をどうトリミングするか色をどう再現するかも重要な仕事だろう。目線がdpiレベル〜歴史ある国家のシステムまでたくさんフォーカスできてしまう。そういうの全部脇に置いておいてポンと直に綺麗な柄1つでぐっと盛り上がることもあるだろう。実際は「ちまちまやってられるか!」と言いたくなるくらい結構忙しい職業なのかも。
デザインの提示先は元官庁の"堅いor打算的or妙に思い入れがあるor消極的な"人達? 売り上げ目標もプロモーションもないデザイン? サイズや縦横比率も自由、だからこそ迷うこともあるだろう。
一方物理的にモノを届けるライバルは宅配便。日本郵便もガチで戦っている。レターパックはそのままポストに投函できるし郵便受けに入るサイズ。
たくさん郵便を出すときには郵便局で料金別納もできるし。
将来のことを考えてみる、今のamazon宅配便みたいにシール1枚でスマートな伝票システムができるかもしれない。切手以外の方法で足りるのかもしれない。
切手はなくなっても郵便のシステムは成り立つ? でもなくならないのかしら、その理由は? 一方、年賀状切手を発展させて宝くじ切手もアリかしら。QRコードを印刷すればケータイをかざすと動画やサイトにとぶこともできるだろうな。柄のないコードだけの切手、味気ないと思うのはわがままな郷愁なのかしら。
こうして考えていると「らしさ」のあるモノに共通するものを感じる。カメラらしさ、クルマらしさ、ケータイらしさ、テレビらしさ…。信頼、安心、品格。常に新しさ、新鮮さを期待されるのも「らしさ」の呪縛。ずっと考えているとゲシュタルト崩壊を起こしそう。実はすごく危うくて壊れやすい常識のはなし。でも考えなくては、他の誰も考えないとすれば、自分の考えたことを実現できる可能性があるし、仕事だから考えなくてはならない、のだ。しんどいような楽しいような。
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