moviti/片山典子
1964年神戸生まれ。京都市立芸術大学卒業、東京でインハウスデザイナーとしてパーソナル機器のプロダクトデザインや先行開発に携わる。デザインの師匠である同業のオットと2人暮らし。2005年から“デザインって何だ!”と称してノンジャンルで自主活動展開中。最近はフリークライミングとバスケットボールの“大人部活”と旅行にはまっている。2010年から本格的ソロ活動(離婚じゃなくて独立)開始。
http://moviti.com |
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今年は1年が短いような、でも311以前のことが遠いような、街のクリスマスの飾りを見ながら不思議な気分です。
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目黒区美術館の秋岡芳夫展に行きました。12月25日まで。
http://mmat.jp/exhibition/archives/ex111029
秋岡さんというデザイナーの存在を知ったのは社会人になってから、エライ人=知ってるつもりで実はあまり知らなかったのですが、数年前「食器の買い方選び方」を読んで、ひょっとしたら間接的に影響を受けているのかも、と気になっておりました。
「食器の買い方選び方」はお椀やお盆のサイズや使い勝手の根拠、そばちょこの応用など昔からの食器の知恵を今に活かす内容で、実は私は大学生当時、クロワッサン(マガジンハウス発行35歳以上主婦向け雑誌)ちょくちょく買っていて、こういうページに萌えていたのだ。この展示ではそこはあまり語られず、収集された日本の民具が壁一面に展示されたコーナーがあった。
いわゆるプロダクトとして代表作がパッと思い浮かんだり魅了する造形をしたタイプのデザイナーではない。日本のプロダクトデザインという仕事のカテゴリーや、考えるプロセスを先駆的に考えた人。1人のひらめきに頼るよりも過去の知恵やみんなのアイデアを集めて整理していいアウトプットにつなぐ、という考え方の人。美術系というより技術系、職人系、絵を描いて事業プランも考える人。
学研の科学の付録、姉が持っていた潜望鏡や鉱物見本、風力計などの展示。当時プラスチックが本格的でスマートで高学年ぽく「やっぱ学習より科学だよね」。大学受験の鉛筆デッサンでお世話になった三菱UNIのデザインにも参加されていたのか。ミノルタなどカメラメーカーとの仕事は私自身がカメラに携わっていたので、あー「カメラらしさ」の原器を作った人、自分の上司がぶいぶいデザインしていた頃の基準を作った人かあ、と思った。機能や作り勝手一辺倒ではなく、"クライアントやユーザーをその気にさせる"分かり易く格好良いデザインのロゴやフォント、ディテールが盛り込まれている。そして壁にはデザイナーな俺たちのいかした日常の写真。
一時は絵本の挿絵(うっひゃー昔の絵本ってこんな画だったよ!)や動物ペーパークラフトに集中されていただけあって、図で描いて考える、人に伝えるデザインプロセスの図解やプレゼンのスライドなどの展示。そうかあ今とあまり変わらないなあ。画が巧すぎる、テンポが良すぎると、見る人サイドは内容は分かるけど、ちょっとお仕着せをあてがわれているような感じ。当時はどんな反応だったのだろう。
地場産業振興の先駆けもこの人の世代だったのか。ちょうどデパートが盛り上がったタイミングに合ったんだ。だから私は「木工製品=デパートの7階で売ってる」イメージがあるのか。催し物売り場の蛍光灯に照らされた厚手で大きな稜線Rの鉢類。
これまで農閑期に地元で小さくやっていた木工の商売が、別の場所に持っていくとローカルの魅力としてもてはやされた。今はこの子供世代が2代目として奮闘している。デパートが販売チャネルの真ん中ではなくなって、デパートのイメージも良かれ悪しかれ固定されて、これからはどんな魅力でリニューアルして繋げていくのか、仕事のサステナビリティ。
ワークショップで作ったのか地元の古い技術を誂えたのか、ごつごつしたノミ跡の木の大鉢や大振りの竹籠、研いでちびた刃物などの道具類が展示してある。秋岡さん自身もあらゆるフォルムの竹とんぼを自分でとんでもない数作っている。手で作るデザインで伝統のクラフトに挑んでいたのか、クラフトに回帰しようとしていたのか、クラフトよりさらにバナキュラー(土着的)方向に先祖返りしようとしていたのか。いろんなデザインの方向性を探して身を以て貪欲に体験しようとしていたのだろう。竹とんぼはデザインバリエーション展開のグルグル酔いを体感しただろうし、ゴツゴツ大振りの器はワイルドさにわくわくしたのだろうし。
ちなみにモノ・モノはこちら。応量器とか白樺の酒器かっこいいです、まだ買う覚悟はない、なんか"物欲の終点"みたいで。
http://www.monomono.jp/
ちょっと手塚治虫みたいな存在のように感じた(イラストのテイストのせいもあるのかも)、試行錯誤すら自信に満ちた未来の理想と昔の知恵がミックスしてる姿勢。正しいんだけどね、厳しくないしおおらかだし、でもなんか反射的に反抗したくなるような。きちんとした先生っぽいのかな。ちぇ先に全部やられちゃってるし、まだ試行錯誤中じゃん、という嫉妬なのか。
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9月に柳宗悦展を見て
http://www.matsuya.com/m_ginza/exhib_gal/details/20110915_yanagi.html
8月に濱田庄司展を見て
http://panasonic-denko.co.jp/corp/museum/exhibition/11/110716/index.html
最近20世紀中期日本デザイン/クラフトの振り返りイベントが多いのか、自分が選んでいるのかわからないけれど。
2009年のディーター・ラムス展
http://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/kikakuten/kikakuitiran/Rams/index.html
2005年あたりのイームズ周辺のミッドセンチュリーモダン〜今の北欧デザインブームと照らしてみた。
海外のデザインは個人のクリエイティビティのひらめきに着目したアート寄りなとらえ方、それと比べて温故知新、地産地消、日本由来のデザイン。というあたりを盛り上げていきましょう、というのがデザインジャーナリズムの見地からの昨今のトレンドの1つなのかな。それは民芸、伝統の流れから長く使うモノのデザイン。ボリューム感や温度、湿度のあるデザイン。
一方技術大国coolJapanの顔なら最先端技術の薄く/軽く/繊細/シャープ/滑らかなデザイン。
秋岡さんがインダストリアルデザインに携わっていたのはまだcoolじゃない頃の高度成長期。見よう見まね、試行錯誤で整えることが第一だった時代。「〜らしさ」の原器が作られていった時代。この頃に作られた「カメラらしさ」の文脈のデジタルカメラが今は活気づいている。
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