moviti/片山典子
1964年神戸生まれ。京都市立芸術大学卒業、東京でインハウスデザイナーとしてパーソナル機器のプロダクトデザインや先行開発に携わる。デザインの師匠である同業のオットと2人暮らし。2005年から“デザインって何だ!”と称してノンジャンルで自主活動展開中。最近はフリークライミングとバスケットボールの“大人部活”と旅行にはまっている。2010年から本格的ソロ活動(離婚じゃなくて独立)開始。
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まったく思いもよらない事態になりました。東北関東大震災、本当に日常が変化してしまった沢山の方々にお見舞い申し上げます。なんと言ったらいいのか、言葉が見つからずもどかしい。
これまでの積み重ねで前に進めてきた文明の弱点や問題点が一気に噴出する予感もする。日々の暮らしと長期戦の両方を意識せざるを得ない。エコや共感、だけでは済まないのかも知れない、でもトリガーとなる魅力がない、我慢や忍耐だけでは息が詰まる。
贅沢がしたい、というのではない。間に合わせの便利じゃない、ホンネの丁寧な快適を考え直すチャンスかも知れない。例えば「40年前の暮らしに戻れ」と言われると我慢ぽいけど、「3丁目の夕日の暮らし+携帯電話、を目指そう」となると、やってみたい気持ちになる。省エネで灯りを絞った街並をヨーロッパみたいと言った人がいる、改めて照明計画したら落ち着いた夜の風景が作れるのでは。
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たまたま震災前に予定していた世田谷区深沢環境共生住宅の見学に行った。だいたいの人は仕事がきっかけ&漠然とした街のイメージや交通の便利さと価格とのバランスで住む場所を決めていると思う。今の住み処に不満はないけど今後のことを考えるとコーポラティブハウス、屋上緑化、バリアフリー等テーマのある居住空間の実態も気にはなっていた。友人夫婦がゆるく社会科見学に行くサイトを立ち上げるのをきっかけに見に行った。
http://www.yurutsuna.jp(4月から)
http://www.city.setagaya.tokyo.jp/030/d00014459.html
http://www.city.setagaya.tokyo.jp/030/d00014494.html
デイケアセンター併設の緑化区営住宅。普通の区営住宅なので年収に合わせた賃貸家賃で抽選で入居だそうだ。シニアばかり住んでいる訳でもない。完成当時はおそらく話題になっていたのだが、14年の運営でうまくいったところ、いってないところもはっきりしているだろう。本当はツアー参加で区役所の担当者に案内してもらう予定が、急遽来られずに自力見学となった。
世田谷はもともと文化レベルの高い暮らしのある街だと思うが、その中でも目を惹く北欧風の街区。4−5階建てで庭をゆったり取ってある。
○バリアフリー:低層の割にエレベータがある、廊下の手すりがしっかりデザインされてる、デイケアセンター併設、ぐらいだった。棟を分けたプランだったので、当初の狙いよりも交流が少なかった、とのこと。
○環境共生:芝生と花壇、壁にツタを這わせる支え枠による屋上&途中階緑化。池を真ん中に据え、大きな木、井戸のある庭。太陽電池、風力発電、太陽熱温水での床暖房。雨水を各戸のベランダに引き込み活用。ただ発電設備が故障して、通常電力使ったり、メンテナンスはやはり大変みたい。背の低い植栽は住民が手入れしているそうだ。一部の瓦屋根は元々建っていた住宅から転用したり、建材もリユースしている。
○コーポラティブハウス的な要素:団らん室は施錠されていた。デイケアセンターでの「お稽古事」や庭でのビオトープや植栽の世話など、割と普通の交流、ぽかった。
……と仕様として書くと期待しすぎた分、拍子抜けだが、実物は「魅力的な一隅」があちこちに仕掛けられていた。屋外廊下や階段の花壇脇のちょっとしたベンチや低めの梁が切り取った風景がおだやかに各戸の入り口を繋いでいる。初夏になったら緑が綺麗なのだろう。古い街路のような微妙な角度に曲がった廊下に丁寧にディテール処理した手すり。ドア前の壁に細いスリットが入っていたり、窓の外の棚ほどのスペースには植木を置きたくなる。古い家の愛着を感じるディテールが盛り込まれている。
小学生の頃に近所の社宅の友達のとこに遊びに行ってたのと変わらない。住んでるおばちゃんは普通の下町のおばちゃん、「あの棟の屋上からスカイツリーが見えるわよ」と教えてくれる。
別のコーポラティブハウスに住んでいる人に聞いたところでは「住んだ当初は毎日共用のテーブルで子供が集まって宿題したり、庭でたき火したり、屋上菜園で採れたジャガイモをみんなで食べたりした。でもね、そういうのも飽きるというかだんだんなじんで、それなりに得意な人と苦手な人とのつきあい方がわかったりして、なんだそうだ。大学のキャンパスみたいなつきあい方だと思った。
思ったより肩肘張ってない「フツー」だったのだ。フツーの原点回帰、でもそこそこコストも手間もかかるだろう。ちゃんと手をかける、その価値をちゃんと認めないとね。
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