moviti
1964年神戸生まれ、京都市立芸術大学卒業、東京でインハウスデザイナーとしてパーソナル機器のプロダクトデザインや先行開発に携わる。デザインの師匠である同業のオットと二人暮らし。2005年から"デザインって何だ!"と称してノンジャンルで自主活動展開中。最近はフリークライミングとバスケットボールの"大人部活"と旅行にはまっている。
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先月も書きましたが、先日のDesignTideで、2年前のOnWallという「登る本能」刺激展示に続き、OnGroundというユニット名による「狭いところに潜る本能」秘密基地系展示(プロトタイプ)を行いました。
閉所恐怖症のヒトにも安心で「寂しがり屋の孤独好き」向けです。私のはなぜか瞬間的に眠くなる効用があります。2年前の展示もそうですが、名前がついてない、売場が決まってない、作りたいものを作ってみて、世に問うてみようという活動です。大人女子が集まって仕事するだけでも面白いもんです。無事&好評のうちに終了して、いろんな出会いがあることを祈っております。
●送り手/受け手の思惑
さて、そろそろクリスマスのプレゼントを考えなくてはならないシーズンですね。小学生の頃には友達同士で誕生日プレゼントとかやってました。小学校卒業前にみんなでお揃いのペンダント買ったりとかかわいいことしました。今でも私はなぜか姉妹3人でプレゼントのやりとりしてます。変ですよね。
男性にとってプレゼントというのは彼女への愛の表現として力一杯散財したり、大人になってから親に感謝の表現としてどかんとやるのかな。デートのエスコートもプレゼントの一種か。なんだか女子の方がちょこちょこ誰かに何かあげたりする習慣が多いのかも。お返し、とかお裾分け、お土産とか。記念、というほどでもない挨拶の物体化、なのかな。自分じゃない誰か、とか何かの場をイメージして買い物をする機会が多いというか好きなのか。なんか理由つけてかこつけて買い物してるのが好きなんでしょうね。
プレゼントをする側としては、
・欲しい、と思っているものをプレゼントしたい
・あるいは思いがけないけど、もらったら嬉しいものをプレゼントしたい
・さすが、と言われたい。自分の目利き、気が利いてるところを見せたい、見たい
・喜んでもらいたい。気に入ってもらいたい。たくさん使ってもらいたい。長く使ってもらいたい
・あるいは驚いてもらいたい、盛り上がってもらいたい
で、逆な事態は避けたいものです。
・欲しくないもの、つまらない、分からないプレゼントはあげたくない
・高額すぎたり、マニアックすぎたり気持ちの負担になるようなプレゼントはしたくない
・センスを疑われるようなプレゼントはしたくない
ですよね。
プレゼントをもらう側としては、
・欲しいものをもらいたい。ピンとくるものが欲しい
・あるいは思いがけないけど、もらったら嬉しいものが欲しい
・自分だから選んでもらったものがもらいたい。くれたヒトならではのモノが欲しい
・すぐ使いたい。愛着が沸くものが手に入ったらいいなあ
・自分1人で盛り上がるんでなく、みんなで盛り上がりたい
そこでリサーチをする。戦略を立てる。欲しいものをリクエストされたときは楽ですが、何かプラスアルファしてみたい気もする。
どんな趣味なのか、こだわりがあるならそのこだわり内容も要リサーチ。どんぴしゃをニアピンではずすと、逆効果というか。変な例えですが「Oasisが好きな人がBlurが好きとは限らず、むしろアンチBlurなことも多い」の法則。すでに持っていそうなものは避ける、ちょっと高くて欲しそうなものを選ぶ。これが自分も日頃親しんでいる趣味の分野だと買い物自体が楽しい(また貸してね、も期待できるし)んですが、テリトリー外だと鼻を利かせるのは大変。意外と消耗品の方がジャストミートする:ギターの弦、スポーツ用靴下、花の栄養剤、フィルムなど。
ブランドで選ぶ、というプレゼント選びの手段もあります。あえて分かりやすいヴィトン、プラダ、コーチか。ちょっとひねってマルニとか、さらにひねって老舗系あるいは和モノ、アンティーク、1点モノとか。さあ、こうなってくるとブランドのイメージを日頃から身に付けて、さらにそのイメージをアップデートし続けてないとまったく方向違いの散財をしてしまう。クセがありすぎる、あるいはなさすぎる、なんて事態が起きる。高価すぎ、あるいはコンサバすぎて「ああ、守りすぎたかも」となる。じゃあバイヤーさんのフィルターを通したセレクトショップで探してみようとすると、プレゼントの包装紙が微妙に中身と合わないときもある。
花束を贈ることはブランドものを贈ることに似ている気もする。ま、日頃花なんて普通はもらわないから、意外と嬉しいもんなんです。確実に70点は保証されるが、それ以上を狙うには自分の目利きが必要。赤いバラの花束なんて下手したら「何だそんなに画一的に見てるのか私のこと」なんて思われてしまう。胡蝶蘭やピンクのリボンで金のシール、かすみ草が印刷してあるセロファン(もう今時ないですか)で包んであったりしたら、「べたな水商売系センス?」なんて疑われかねない。逆にちょっと珍しい花や季節ならではの花、枝物やグリーンが多くてアートっぽいと、「あらこんな分野にも造詣が深い」といきなり好感度が上がる。好きな色、形の花をもらうと「私のことをこんなに見てくれていた」と喜ばれる。
日常使うものをプレゼントする、という選択肢もありますね。食器、文房具、タオル、旅心を誘うモノ、普段持ち歩くもの、あるとちょっと嬉しいもの。またこれが難しい。友達にあげるならともかく、親にあげるのは「価値が分かるかなあ」みたいなプチ疑念もついわいてしまう。意外とヨーガンレールで探すと和にも洋にも合うし、かわいいようなひなびたような、控えめなような主張するような、凝った素材のシンプルな形のモノをきれいなパッケージでプレゼントできるからよいですね。
あるいは友達のギャラリーでの展示会でちょこちょこ買ってストックしておくとか。昔は知ってるヒトが作ったものって自分との距離が妙な気がしていたけど、最近は素直に知っているヒトの作ったモノが親しく感じられるようになってきた。
実はデザイナー同士でなにかあげるというのが難しい。自分がデザインしたものをあげる、というのも自己主張が強すぎみたいな気もする。著名なデザイナーの商品に手を出すのも変に負けたみたいな気持ちになるし。ということで、基本的にお呼ばれのおみやげぐらいで美味しいケーキとかワインのやりとりが多いですね。どうしても残るもの、となると鉢植えかなあ。あ、ある意味匿名性の高い北欧デザインはあり、かな。意外とグラフィックデザイナー同士の方が堂々とスタルクとか柳宗理とかプレゼントしちゃってますね。
あとはやっぱりプレゼントらしい“華”が欲しいもんです。色/フォルム/作りが凝ってる、きれい。ストーリーがある。手に入りにくい、preciousというか。実用一本ではちょっと寂しい、遊び心ってやつですか。まあこういうのがぐるぐるっと一堂に会してるのがいわゆるギフトショーなんですよね。あれはあれで「人間の飽くなき欲望の渦巻き」を見せつけられる思いですが。
●悩みつつ楽しい“プレゼント”という行為
…とまあ、これってデザインのお仕事の中のマーケティング/ユーザーニーズ調査、分析、発掘/送り手のオリジナリティ、ブランドメッセージの構築〜発信/リサーチ、投資効果など客観評価〜選択/プレゼン戦略〜実行/アフターサービス・次回への振り返り みたいなもんですね。悩みつつ、喜ばれるとやっぱりよかったなあ、と思うもんです。
先日、お世話になった事業部長クラスの方をお送りする飲み会の席で、1人ずつ予算1,000円でプレゼントをする機会がありました。私は「うすはりグラス」をプレゼントしました。普通のガラスコップ、でも常識を覆すくらい薄くて軽い。自分が普段使いにするには華奢すぎる、でも使ってみたいもの。電球製造技術の応用、と先方の職人魂にもミートするエピソードがある。随分と大人オヤジでコワモテな方だったのですが、素直にびっくりして喜んでいただけました。
まあ、実際クリスマスの頃というのはなぜか忙しくて、夜仕事してるとラジオからクリスマスソングが聞こえてすごいむかつくのが現実なんです。間隙を縫って楽しそうなメンツの飲み会など予定をさっさと入れて楽しく過ごしたいもんです。プレゼントもらえたら最高ですね。
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