moviti
1964年神戸生まれ、京都市立芸術大学卒業、東京でインハウスデザイナーとしてパーソナル機器のプロダクトデザインや先行開発に携わる。デザインの師匠である同業のオットと二人暮らし。2005年から"デザインって何だ!"と称してノンジャンルで自主活動展開中。最近はフリークライミングとバスケットボールの"大人部活"と旅行にはまっている。
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こんにちは。暑いですね。弱っちい人間にならないように、なるべくエアコンに頼らずに夏を乗り切りたいですが、やはり仕事のときにはエアコンないとつらいですね。せめて湿気がないと全然違うんですけどね。
うちの扇風機は浪人生の頃に神戸の高架下で買いました。人生の寄り道=浪人時代に高架下でヨーロッパ古着の旨味を覚えまして、予備校の近所の古着屋に買いもしないのによく遊びに行ってました。ある日行ってみると1歳上の店長が、「おーそこのくまさん(当時からクマ顔の私)、良いモノが入りましたよ」。見たら確かに“ただ古いだけでないミツビシの扇風機”だった。
なんというかもう骨格構成が過剰なくらい理に走っている。
ぶっとい鉄パイプをU字3次元曲線に曲げて(どんな治具を使ったのやら)、それがベースとファンをつないでいる。配線もパイプの中に通してある。ベースは低めの円盤状。おそらくファンのモーターが重いからそれを支えるために全体が重い。
パイプとファンのつなぎ目、首の部分も水平パイプ形状でつなぎ、そのままファンの上下首振りのヒンジも兼ねてる。プロペラの後ろ、モーターの格納部は堂々とした砲弾型、明らかに“プロペラ”ぽい。鉄の鋳物ですかね。当時はどうやって図面を描いたのか、型を手加工でスルスル撫でて形を作っていったのか。
ファンの前の格子も普通なら放射線状に並ぶ(同じ形状パーツをたくさん丸く並べればいい)のではなく、センターに社名表記の水平モチーフで上下に2分して、タテ格子になっている。格子自体も丸棒じゃなくて平板状なので、実は接合部手前でゆるやかにねじれている。本体のハンマートーン塗装の深緑色と相まって、竹細工風になぜか見えてオリエンタル。おそらく昭和30年代のモノではないかしら。
当時うちにあった扇風機(おそらく昭和40年代前半製)はすでに青い透明の羽だったし、脚も細いパイプを曲げた軽量ものだった。風呂から上がって子供が「あ゛〜」と声を震わせながら正面に立つのが似合う青い羽根。
それに比べるとアールデコっぽい。グラスビール片手の浴衣の姐さんが似合いそう。形態が機能以上にデコラティブ、どう考えてもたかが扇風機に手間がかかりすぎてる。デザイナーもエンジニアもみんなどうも熱が入りすぎたみたいです。
別に古いモノを収集する趣味もなかったのだけれど、この扇風機のオルタナティブな気迫と店長のお薦めに、圧倒されて買いました。予備校行って半端に古い扇風機ぶら下げて帰ってきたのだから、親としては秘かに心を痛めていたのかもしれません。当時でもかなりエンスーな代物でしたが、なんであれが高架下の古着屋に流れ着いてきたのかは不明。元プロダクトデザインの勉強をしていた店長の趣味でしょうか。
そしてこれを買って私はヴィンテージ家電収集にのめり込むこともなく(最初のレベルが高いと逆に手が出せませんね)この扇風機は現在もうちの“絶対扇風機”となっている。スタルクのフロアライトとも相性が良いです。
こういう“マシンに近かった頃の”家電というのは、おそらく当時は重いしきしむし融通が利かないものだったのでしょう。“三種の神器”と呼んで、憧れのステータスシンボルだった時代を経て、軽やかに/安く/便利の追求に邁進する歴史。
便利だからってモノを選ぶと流されそうだし、急にさめてしまいそうな気もしますね。
結婚したときにもなんだか普通の通過イベントとして家電を揃えるのに抵抗があって、冷蔵庫は1人用、電子レンジはかなり後に買いました。大きな冷蔵庫というのは「良妻になれよ」というプレッシャーのように、あるいは目の行き届かない見えないところでモノが干からびて賞味期限を過ぎていくようなじわりとした脅迫感があります。そういうふうに考える人はあまりいないようで、1人用の冷蔵庫はなかなか省エネ設計モデルがないですね。
きっとあと10年経ったらブラウン管のでっかい箱型テレビモニターはなくなるだろうし、くるくるコードやダイヤルのついた電話も、若い人はすでに知らないかもしれない。電球のフィラメントも知らないのが、常識になっていくんだろうな。エジソンの偉業を説明するのもこれからは大変です。すでにMacの“爆弾エラー”、“デスクトップの再構築”なんて忘れてるし。ひょっとしたらコンビニが近いからって冷蔵庫を持たない1人暮らしとか、増えているのかもしれない。
でも「無垢の金属の重み、冷たさ」とか「ホーローのとろけた表面と縁の透けてる金属の武骨さのマッチング」とか、オールドスタイル工業製品の質感は絶滅してほしくないなと勝手に思っています。加工技法が環境に影響を与える技術もあるんでしょうけどね。
一方、20年前に憧れた軽さとか極薄とか、ウィリアム・ギブスンのSFに出てきたゼリーのようなパソコンがホントにできるかもしれない。これから実現していける楽しみもありますね。軽くて上質、はファッションだけの褒め言葉じゃなくなるのかもしれない。
どんな素材でできているのだろう、軽くて上質な家電。逆に気迫を感じるほど重厚なポータブル音楽プレーヤー。ドイツ車のドアみたいに閉めると空気がバフっと抜けるくらい気密性の高い冷蔵庫。炎を見つめる贅沢な気持ちが味わえる暖房、とか。
質感の引き出しはたくさん持っていたいな、と思います。
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