建築デザインの素 第49回
チョコレートからホテルの照明コントロールを嘆く
「建築デザインの素(もと)」では、建築家の山梨知彦さんに、建築にまつわるいろいろな話を毎月語っていただきます。立体デザインの観点ではプロダクトも建築もシームレス。“超巨大プロダクト”目線で読んでいただくのも面白いかと思います。
[プロフィール]
山梨知彦(やまなし ともひこ)。1984年東京芸術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院修了。日建設計に入社。現在、執行役員、設計部門代表。代表作に「ルネ青山ビル」「神保町シアタービル」「乃村工藝社」「木材会館」「ホキ美術館」「ソニーシティ大崎」ほか。 受賞「日本建築大賞(ホキ美術館)」「日本建築学会作品賞(ソニーシティ大崎)」他。 書籍「業界が一変する・BIM建設革命」「プロ建築家になる勉強法」他。
■チョコでストレスを溶かす
チョコレートには目がなくて、仕事をしている間にもしばしば口に放り込む。ストレスが溜まると、益々チョコレートが欲しくなり、チョコを食べると、不思議とストレスが消える。と言うことで、僕にはチョコレートが必需品なのだが、とは言え高級なトリュフである必要はなく、気楽に頬張れる、国産の板チョコの方が効果的で、お気に入りだ。
ダースやLOOKのように、一山一山最初から分かれている板チョコがあるが、長い間その意味が分からなかった。ところがだ。最近板チョコを割った時に生じる小さなかけらを椅子の座の上に落とし、気づかずにその上に座ってしまい、お尻の熱で溶けたチョコをズボンにしっかりと刷り込んでしまうという、甘くも苦い経験を数度繰り返して、一山づつ最初から割れているチョコの割りカスが生じない有り難みを理解するようになった。
もっとも、一山づつ分かれたチョコを考え出した人が、そんなことを考えていたかどうかは極めて疑わしいのだが、ふとした時に、無意味に思えていたかたちに、意味や役割を見出す経験は、モノのデザインに関わっている僕らには、何かホッとする瞬間だ。
逆に、意味や役割は明らかに分かっているのに、正しい使い方が分からない時には、何かとっても残念な気分になる。
■ホテルの照明コンソール
そんな残念な気持ちになる代表的なものの1つが、ホテルの照明。ホテルはある意味で住宅以上に照明に心血か注がれデザインをされている。多彩に照明が配置され、僕ら日本人が使い慣れないフロアスタンドなども満載され、ムーディーな空間づくりが図られている。
その象徴が、ベッド脇に配された照明のコンソールボックス。多くの照明スイッチが並び、事細かくどの照明スイッチであるかが記載されていたりする。
照明が数多く設置され、シーンに合わせて都合よく設定できそうで、さらにその操作がこのコンソールボックスから自在にできそうなことは一目で分かるのだが、肝心の「どれをどう操作すれば、どの照明がどう点滅され、どう行ったシーンに設定される」のかが皆目見当がつかない。
恥を忍んで告白すれば、一応は建築デザインで飯を食べている僕であるが、ホテルの部屋の中の照明を思うように操作できたことがない。
■ホテルでストレスを溜めないために
住宅のように野暮なシーリングライトが一発で、スイッチも入口に1つだけなら、照明のプアー感だけを感じれば良いだけなのだが、ホテルになると、良いものが付いていて、おそらく質の高いシーン設定がなされ、操作の場所が分かっているにもかかわらず、うまく操作ができない分だけ、フラストレーションは大きくなってしまうのだ。
ましてや、ホテルの照明の操作は、疲れ果ててホテルに到着した時や、夜中に目が覚めた時だから、フラストレーションはますます大きなものとなる。
IoTが叫ばれ、Google homeなどが登場して、家の中でも音声により照明やテレビやカーテンの開閉を操作できる時代になった。僕自身はまだ使っていないのだが、こうした技術や音声による操作がスタンダード化して、照明や家電の操作が、自宅とホテルで統一や兼用ができれば、ホテルの操作性は上がるのかもしれない。
しかし物理的なスイッチは、必ずバックアップ機能として残るに違いない。分かりやすく、そして使いやすいホテルの照明操作システムが欲しいなあと、今日もホテルに到着した時にストレスを感じた。チョコレートが必要だ。
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