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コラム

建築デザインの素 第30回
建築のカタチを読む

「建築デザインの素(もと)」では、建築家の山梨知彦さんに、建築にまつわるいろいろな話を毎月語っていただきます。立体デザインの観点ではプロダクトも建築もシームレス。“超巨大プロダクト”目線で読んでいただくのも面白いかと思います。

[プロフィール]
山梨知彦(やまなし ともひこ)。1984年東京芸術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院修了。日建設計に入社。現在、執行役員、設計部門代表。代表作に「ルネ青山ビル」「神保町シアタービル」「乃村工藝社」「木材会館」「ホキ美術館」「ソニーシティ大崎」ほか。 受賞「日本建築大賞(ホキ美術館)」「日本建築学会作品賞(ソニーシティ大崎)」他。 書籍「業界が一変する・BIM建設革命」「プロ建築家になる勉強法」他。


■山梨、審査員しています

最近は、建築や建築家に賞を与える審査員を務めさせていただく機会がぐっと増えてきた。光栄なことである。主要なものだけでも、日本建築学会賞作品賞、日本建築家協会環境建築賞、グッドデザイン賞、東京建築賞などなど。

小自慢にはなるが、これらの賞のほとんどを僕自身も受賞経験があるので、立場が変わって審査員になるということは、その恩返しでもある。だから、審査はそれなりに重労働ではあるのだが、依頼を受ければお断りをしないポリシーを貫いてきた。とはいえ、今年はさすがに引き受けすぎて動きが取れず、「あたふた」としているわけですが(笑)。

■カタチを読む楽しみ

もちろん、審査員をお引き受けするメリットや楽しみも多々ある。審査と称して、話題の最新作を、建築家自身の解説付きで見学できることはもちろんだが、僕が楽しみにしているのは、建築そのものやその空間やディテールのカタチを読むこと。通常の建築の見学であれば、自分なりに建築のカタチを読み取って終わり。それが賞の審査では、おのずと自分自身が読み取ったものを建築家自身の作品解説や、他の審査員の読みと比較することになるわけで、カタチを読むことの楽しみが倍増する。

最近では、建築にまつわる議論がかたちから離れ、そこで起こる人間の振る舞いや、かたち以前のコンセプトや、建築が果たし得る社会的な役割が重視される傾向にある。これはこれで素晴らしいことだが、建築デザインの良し悪しは、そういった振る舞いや、コンセプトや社会性が建築のカタチに反映され、またカタチがそれらへと働きかけている状況を生み出しているかいないかにかかっていると思っている。

建築のカタチを読む楽しみとは、こうした建築を取り巻くさまざまな事象と建築との関係を、建築家がいかなるカタチで橋をかけ渡したか、そしてそれは建築家が企図したとおりに、実際の建築の中で働いているかを読み取る楽しみなのである。

■イコノグラフィー

「カタチを読む」上で、参考になりそうだと思ったのは、西洋絵画や彫刻からそれが意味するところを読み取ろうとする「イコノグラフィー」=「図像学」であった。そう思って学生の頃に読みかじってみたのだが、イコノグラフィーが対象としている西洋絵画では、ある特定のモチーフが特定の意味を持つ(例えば、魚=キリスト)という決まりが文法のように固定的に体系化されおり、現代建築のカタチを読むために求めているものとは少々異なっているように思えた。

そんな時に出会ったのが、荒俣宏さんが書かれた「図像学入門」(1992年、マドラ出版)であった。

■3通りのものの見方

荒俣さんはその本の中で、図像学に先立ち、ものの見方は次の3通りあると指摘している。

「バカの見方」、「ボケの見方」、そして「パーの見方」の3つだ。それでは具体的に、3つの見方で「写真1」を眺めてみよう。

「バカの見方」とは、モノを素直に見たとおりに認識する見方で、写真1であれば「スライスされた肉」もしくは「肉丼」との見方。素直にとらえ、それ以外のことは考えないから、「バカの見方」と命名されている。通常はこの見方はごくごく最初のファーストインプレッションの状態にとどまり、人はモノを次の「ボケの見方」で見てしまう。

「ボケの見方」とは、さらに画像から「おいしそうだな」とか、「肉はサーロイン、焼き方はレアかな?」とか、「おいしそうだけど、高いのかな? コスパはどうだろう?」と、画像から離れ始めてプラスアルファの意味を読み取り始める。対象を見てはいるものの、見る人のバイアスが強くかかり、実はモノそのものが見えなくなり始めているという意味で、ボケの見方と命名されている。ボケとはいえ、多くの常識的な人々は、モノをこの見方で見ている。

3つ目の「パーの見方」は厄介だ。この見方ができて初めて、天才的クリエイターとなりえるわけだから、このパーの見方を、凡人である僕がここに例示することは至難の業だ。たとえば、CGオタク的天才であればよだれが垂れそうな肉片を見て「この色はR255、G101,B12だな」という見方をするのかもしれないし、天才的和牛ブリーダーであれば「この脂の混じり方からすると、××種の黒牛か?」とか、天才的テキスタイルデザイナーであれば、人間の食欲に直接働きかける魅力的な柄を見出すのかもしれない。

とにかく、「パーの見方」は、天才のみに許された、凡人にはまねのできないものの見方だ。

■カタチの中に「パーの見方」を読む

僕が建築の審査賞で楽しみとしているのは、第一義的には、建築家がカタチを「ボケの見方」のレベルで形をコントロールできているか否かということであろうか。イコノグラフィーのような固定的な体系がない中で、カタチに特定の意味を語らせることは難しくもあるのだが、不思議なことに名建築は、特段カタチの読み取りを意識しなくても、「ボケの見方」レベルの意味を、そこに訪れる人に語り掛けているように思う。

そして審査の真の楽しみとは、天才的建築家の作品のカタチを通じて「パーの見方」を体験できたり、カタチの裏にある建築家の「パーの見方」を感じ取ったりすることに尽きると思う。

名作建築の中に見えると言われる「きらり」と光る何かとは、これのことではなかろうか? そんな気がしている。(笑)。

イラスト
▲写真1:肉丼。(クリックで拡大)



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