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建築デザインの素 第25回
「通り抜ける」がブダペストの建築的都市空間を生んだ?

「建築デザインの素(もと)」では、建築家の山梨知彦さんに、建築にまつわるいろいろな話を毎月語っていただきます。立体デザインの観点ではプロダクトも建築もシームレス。“超巨大プロダクト”目線で読んでいただくのも面白いかと思います。

[プロフィール]
山梨知彦(やまなし ともひこ)。1984年東京芸術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院修了。日建設計に入社。現在、執行役員、設計部門代表。代表作に「ルネ青山ビル」「神保町シアタービル」「乃村工藝社」「木材会館」「ホキ美術館」「ソニーシティ大崎」ほか。 受賞「日本建築大賞(ホキ美術館)」「日本建築学会作品賞(ソニーシティ大崎)」他。 書籍「業界が一変する・BIM建設革命」「プロ建築家になる勉強法」他。


■ブダペストに行ってきた

出張でブダペストに出かけ、いつものようにコンデジやiPhoneで、行く先々の街並みをバチャバチャと無節操に撮ってきたのだが、帰国後気が付いてみると、結界を「通り抜ける」写真が異様に多いことに気がついた。そしてなぜだか、その通り抜けを持った都市景観は、極めて建築的な空間として印象深いのだ。

■結界を通り抜ける

素人写真であるし、マニアックなカメラ小僧でもないから、撮影にあたって事前に狙いやテーマを定めて狙いすましてシャッターを切るようなことはしない。むしろ直感に身をゆだね、目にした様を欲するがままに、狩猟捕集経済時代の野性人に戻ったかのように手あたり次第シャッターを切る(こうしただらしない撮影方法も、次に述べるレタッチやトリミングの容易さも、実はデジタルカメラの時代となって許容され、素人が簡便に手を出せるものになったわけで、これまた面白い現象であるが、今回のテーマとは別の話題、話を元に戻そう)。

撮影後は、膨大な写真を眺め、気に入ったものを抜きとり、自宅のPCの上でトリミング/レタッチをするわけだが、この段階では建築家の端くれとしての意識が少々首をもたげ始める。自らが無意識に撮影した羅列を分析し、何らかの意味付けをしたくなってくるのだ。

今回、ブダペストの都市景観を撮影してきた写真は、いつもに比べ明らかに、門やゲート状の開口部を潜り抜ける瞬間を捉えた、結界を「通り抜ける」写真が異様に多い。かつその捉え方は、都市景観というよりも建築的空間としての視点からが強い。なぜなんだろう。

■内外を仕切りつつ、つなぐ

ある空間の中に異なる閉鎖領域をつくることは、建築をつくる基本的な作業といえるだろう。しかし、生み出された閉鎖領域がなんらの開口部を持たず、人々が内部の存在を感じることができなければ、その閉鎖領域は建築としてはロボトミー化された状態といえるかもしれない。閉鎖領域をつくりつつも、それに開口を穿つことにより、周辺の空間とつながりを持たせることで初めて、建築は建築となり得る。

たとえ内部に立ち入ることはできなくても、わずかに垣根やゲートといった絞られた開口部から内部が垣間見えることによって、宮殿の豪華さや社殿の荘厳さは生まれるのであろうし、ショップフロントをほぼ開け放ち、内外の境界を流動的にしてしまうことで、カフェが持つリベラルな雰囲気は醸し出されているのであろう。開口部は、建築を建築として成立させる要である。気候風土や歴史、生産技術などを踏まえ、内外を仕切る結界をつくりつつ、同時その結界にいかなる開口部を穿ち内外を連続させるのかという矛盾に満ちた行為こそが、建築をつくるということなのかもしれない。

■都市の建築的空間

こうして生み出された、結界で切られながらも開口部の存在により周辺の空間とあいまいにつながった矛盾に満ちた閉鎖領域が建築として認識されるには、人間のアクティビティが必要である。開口から内部を覗き見たり、漏れてくる音に耳を澄ましたりと、五感のすべてを使ったアクティビティが大事になるわけだが、特に重要な行為は、内外を隔てる結界に穿たれた開口部を抜け人々が結界の内外を行き来して、結界に包まれた内部を感じることではなかろうか。開口部を抜ける瞬間に、建築は建築として知覚される。

同様に、都市景観の中でも、ある閉鎖領域と感じられる場、例えば中庭などもそれを取り囲む建築が生み出す結界感が強いほど、そこに入り込んだ瞬間は都市空間でありながら、建築的空間としての性格が強く感じられる。ここにはアーバンデザインと建築的空間のデザインの新たな手掛かりが隠れていそうだ。

これまで、都市スケールでありながら、建築的空間を感じられるものの代表といえば、広場と軸線の2つであり、20世紀の建築家は都市の中で繰り返し広場と軸線をつくることを目指してきた。こうした大掛かりなデザインではなく、既存の結界に開口を穿ち、人々のアクティビティを誘発するだけで都市に建築的空間を生み出すことは、出来そうにも思えるし、現代の都市空間により相応しいデザイン手法にも思える。

■都市のイメージ

人間のアクティビティを通して都市を「イメージ」として知覚することを説いた名著、ケビン・リンチの「都市のイメージ」では、都市を移動する人間のアクティビティからは、都市を概ね5つのエレメントによって知覚されることが示されている。

1つは「パス」で、道路のように線上の方向に移動するエレメントである。このパスが、出会い、交差点をつくれば、それは「ノード」として知覚されるエレメントとなる。パスを取り囲む外壁や塀が、結界としてのイメージが強ければ、「エッジ」として知覚され、そのエッジの向こう側には何か別な領域=「ディストリクト」の存在が感じられるという。そしてこれら4つのエレメントから構成された都市景観の中で、特徴的で印象的な、例えば教会や宮殿のようなエレメントを「ランドマーク」としている。

■建築的イメージ

こうして「パス」、「ノード」、「エッジ」、「ディストリクト」そして「ランドマーク」でイメージされる都市空間の中で、建築的空間を感じるのはいかなるときであろうか? おそらくは、パスである街路から、両脇を囲むエッジである外壁に穿たれた窓から建物内部空間を垣間見たり、玄関の扉を抜け内部空間や、中庭などのディストリクトへと、即ち都市空間の中に築かれた結界の中へと、開口部を抜け、移動する瞬間にあるのではなかろうか。もしそうであるのなら、都市空間の中で建築的空間を造り出すためには、リンチが切り出した5つのエレメントの結界に、いかなる開口部を穿ち、そこを「通り抜ける」アクティビティを生むことができるかが重要になるはずだ。都市の建築的イメージは「通り抜け」が生み出す。

■ブダとペストとドナウ川

ブダペストは、ブダとペストのドナウ川を挟んだ2つの都市(実際にはオーブダの3つの都市であるが)が、橋でつながれたことによって生まれた都市である。実際にブダとペストをつなぐ鎖橋を徒歩で歩いてみると、鎖橋自体がドナウ川という結界を「通り抜ける」開口部としての役割を果たし、都市スケールでありながらブダペスト全体に建築的空間としての魅力を生み出しているように感じる。

ブダペストが東欧諸都市の中で突出して知名度が高いのは、広場や軸線と対峙しうる建築的空間が、都市のど真ん中に形成されているからではなかろうか。この、「通り抜ける」ことをデザインすることで都市に建築的空間を生み出すこと、そのことへの意識の高さが、ブダペストの各所に、魅力的な通り抜けを生み、都市に魅力的な建築空間を生み出し、ファインダーを通して僕の直感に訴えかけてきたのではなかろうか。

 

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▲図1:ブダ側で見かけた通り抜け。ランドスケープと複数の建築が融合し、見事な建築的都市景観を生み出している。(クリックで拡大)

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▲図2:ブダ側で見かけた開口。開口の先には、ドナウ川と国会議事堂が見える。絞り込まれた開口部がフレームとなり、景観をより一層印象深いものへと変えている。(クリックで拡大)

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▲図3:ブダ側で見かけた通り抜け。テラスへ抜ける通路だが、一度絞り込むことで、テラスの開放感がより強調されている。(クリックで拡大)

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▲図4:ペスト側で見かけた通り抜け。通り抜けが、都市の中に魅了的な建築的空間をつくり出している。(クリックで拡大)

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▲図5:さらに踏み込むと、建築的空間は刻々と姿を変えていく。(クリックで拡大)

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▲図6:ペスト側で見かけた、中庭型建築を数ブロックぶち抜いた通り抜け。パッサージュよりも屋外化された空間であるにもかかわらず、建築的空間が感じられ、たくさんのレストランが配され、多くの人々でにぎわっていた。(クリックで拡大)

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▲図7:スイ―ツの名店ジェルボの店内も、気が付いてみれば、通り抜けの連続であった。(クリックで拡大)

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▲図8:鎖橋を、ペスト側からブダ側を望んだところ。ドナウ川が生み出す都市スケールの結界を、鎖橋の通り抜けが貫き、両岸接続することで、都市のエッジが都市の中央へと変わり、都市景観が建築空間化されている。(クリックで拡大)

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▲図9:鎖橋を、ブダ側からペスト側から見たところ。橋のたもとの道路や建築が、橋と一連となりデザインされていて美しい。(クリックで拡大)

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▲図10:夕暮れのドナウ川。橋の存在が結界であったドナウ川の意義を変え、ブダペストの印象的な都市景観を生み出した。(クリックで拡大)


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