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コラム

建築デザインの素 第23回
震災から学ぶ

「建築デザインの素(もと)」では、建築家の山梨知彦さんに、建築にまつわるいろいろな話を毎月語っていただきます。立体デザインの観点ではプロダクトも建築もシームレス。“超巨大プロダクト”目線で読んでいただくのも面白いかと思います。

[プロフィール]
山梨知彦(やまなし ともひこ)。1984年東京芸術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院修了。日建設計に入社。現在、執行役員、設計部門代表。代表作に「ルネ青山ビル」「神保町シアタービル」「乃村工藝社」「木材会館」「ホキ美術館」「ソニーシティ大崎」ほか。 受賞「日本建築大賞(ホキ美術館)」「日本建築学会作品賞(ソニーシティ大崎)」他。 書籍「業界が一変する・BIM建設革命」「プロ建築家になる勉強法」他。



■熊本城の瓦

熊本で、さらに大分で大きな地震が群発している。

震災当初に、熊本城の瓦が落ちてしまったことを嘆く市民のSNSのコメントに対して、「実は、瓦を落とすことで、自重を軽くして、構造体の負担を軽減するデザインがなされていた」とのコメントが出された。事実であるか否かは別として、このコメントの裏にある構造デザイン思想に、大型建築のデザインを仕事としている僕は、興味を持った。

■頑丈から安全へ

地震に耐える構造といえば、地震で壊れないぐらいに頑丈につくるのが基本と思われそうであるが、構造デザイナーに言わせればこの「頑丈につくる」というシンプルな考え方の実現が建築ではなかなか難しいという。建築が用途を持ち、そのために内部空間を持ち、さらにそこには人間が活動を行う以上、頑丈さ一辺倒ではなく、建築が持つべき機能、さらには建設可能となる技術や経済性をも加味して、これらのベストバランスを取りつつ構造を考えなければならないからだ。

地震国日本の構造デザイナーたちは、これまで長い時間をかけ、そのベストバランスの実現を探って理論構築をして、実践してきた。大地震は悲惨な事態であるが、同時に構造デザイナーたちの理論と実践の試練の場ともなる。災害を乗り越えた構造体から、そして乗り越えられず倒壊した構造体からも学び、理論を洗練させてきた。

その結果、現代建築では次の3つの方向へと、地震に対する構造デザインの考え方が収れんしているそうだ。そこでのベストバランス追求の判断基準は、その建築物の絶対的な頑丈さではなく、その建築物を使う人々に対する「安全性」であるという。今回はその3つの方向を、構造の専門家ではない僕が、自分なりの解釈で説明してみたいと思う。構造の専門家から見れば、心もとない、ピント外れな説明になっているかもしれないが、ご容赦願いたい。

■耐震構造

一つ目の方向は、「耐震構造」である。

ある特定の大地震に対しては頑丈で壊れない設計にしておくわけであるが、極めてまれに起きる巨大地震には、建物の一部は壊れるものの、全体は倒壊しない仕組みとすることで、巨大地震時に建物内部や周辺部にいる人々の安全を確保しようという考え方だ。

重要なのは、建物の頑丈さの限度を超えた巨大地震に襲われた際の、建物の壊れ方ということになる。壊れる場所が建物を支える柱であると、建物が自立してられなくなり、倒壊してしまうので、これは絶対に避けなければならない。理想は、梁や、壁などに優先してひびを入れることで、建物が倒壊しない状態で地震の揺れに耐えることだそうだ。

専門的に言えば、地震は一種のエネルギーだそうで、それが建物を揺さぶる際に、梁や壁の一部にひびが入ることで地震のエネルギーを吸収することで、地震で建物全体が倒壊しないようにしつつ、安全性を確保しているわけだ。耐震構造は、頑丈さで並の地震には耐えているが、巨大地震に対しては、自らを適切に壊すことで地震エネルギーを吸収し、倒壊を防いでいる。したがって耐震構造の設計では、巨大地震井より、どの部材は壊して地震のエネルギーを吸収するかの構造デザインが重要になる。

地震被害の報道を見ていると、柱が折れてある階がつぶれた建物を目にすることがあるが、瞬時に柱が折れて特定階がつぶれてしまえば、当然人々は安全に非難することが困難になる。耐震建築では、ただ頑丈に建物をつくるのではなく、いざというときにどこを壊すかをも含めてデザインがされることが大事であることが、お分かりいただけると思う。

■制振構造

とはいえ耐震構造では、壊すべき梁と壊してはならない柱は一続きになっていて、壊し方のコントロールが難しい。建物がひとたび巨大地震を経験したら、そこいら中がぐらぐらな状態となってしまい、余震には耐えられないし、再使用にはかなり大規模の修繕が必要になってしまう。そこで、エネルギーを建築の特定部材に集めるという考え方をより徹底し、また集まったエネルギーを建築本体とは切り離した精神部材で吸収しようというのが制振構造の考え方だ。これが二つ目の方向だ。

一度巨大地震を経験すると信頼性の問題から制振部材は交換することが原則であるが、繰り返しエネルギーを吸収できるタイプのものであれば、余震にも対応し得る。エネルギーの集め方や、制振部材の設計一つで、吸収する揺れを地震以外の、人間の歩行や車両の通行などが引き起こす揺れにも利用することが出来るため、制震ではなく制振構造と呼ばれているそうだ。

地震のエネルギーを効率的に特定の部分で集中させるには、がちがちに頑丈な建物よりも、柔らかく撓る柔構造が適しているということで、柔構造を採用している超高層建築には相性が良い仕組みだそうだ。確かに、東京スカイツリーにも制振構造が採用されている。伝統的建築物をつくった棟梁たちがどこまでその理論を理解していたかは不明だが、木造の五重の塔の構造も、現代の構造デザイナーの視点から見れば制振構造とみなせるわけで、東京スカイツリーの制振構造が生まれるヒントになったと言われている。

■免震構造

三つ目の方向は、免震構造だ。

エネルギーを制御する対象を再び地震にしぼり、エネルギーを集める場所を建物の最下層部に集めて一気にエネルギー吸収をしてしまい、巨大地震のエネルギーを建物自体には加わらないようにすることで、建物全体を安全にしてしまおうという考え方だ。

建物全体に地震のエネルギーが伝わらないということは、建物内に置かれた家具や人間にも地震の激しい揺れが伝わらないということで、安全性という面では極めて合理的といえる。加えて、巨大地震時であっても人間自身が激しく揺さぶられないということは、物理的な安全性に加えて、精神的な安心も得られるというメリットもある。

もちろんデメリットもあるが、地震に対する安全と安心を実現できる構造システムとして、首相官邸をはじめとした多くの重要施設にも採用されている。

■安心と安全

今回の震災も、耐震構造、制振構造、そして免震構造の更なる安全性を検証し、発展させていく上での大きな試練となることは間違いがない。

こんな視点から、熊本城の瓦の落下現象を見てみると、意図されていたものかは別として、瓦の落下により自重へらすことで建物に入り込んだ地震エネルギーが建物に加える力を軽減したことは事実であろうし、建物の安全性を高める制振構造の一つの発想として受け止めることもできそうだ(もっとも、瓦の落下が激しい本丸は、RC造で再建された部分であり、ここの部分で瓦の落下による自重の軽減が有利になるかは少々疑わしい。瓦を落として有利になりそうなのは、せいぜい木構造の部分に限られそうな気もするが)。

一方で、瓦をバラバラと落下させる手法は、人々を確実に心配させたことは間違いなく、もし意図されてデザインされた制振構造であるとしたら、現代社会においては「安心」という視点で落第である。加えて、崩れ落ちた瓦の多くは割れてしまったであろうから、補修も大変そうであり、建物保全管理、ライフサイクルデザインという観点からも現代にはフィットした地震対策とはいいがたい。

同じ意味で、現在の主流である耐震構造も、制振構造も、免震構造も、未だ発展途上であるはずで、安全、安心、そして簡便な補修で再使用が可能なライフサイクルデザインの視点からチェックし、改良していくことが、今回の震災に対する建築家、構造デザイナーの責務といえると思う。

亡くなった方々のご冥福と、被災されている多くの方々また危険な中それを支援している人々の安全と、一刻も早い復旧をお祈りします。



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▲写真1:2011年3月11日の東日本大震災から2か月ほどが経過した被災地の状況。(クリックで拡大)

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▲写真2:東日本大震災では、地震の後の津波の恐ろしさを学んだものの、土木・建築関係者は、それに対する安全安心を両立した有効な対策を未だ打ち出せていない。(クリックで拡大)

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▲写真3:すべてが流され、鉄塔だけが目に付く風景。(クリックで拡大)

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▲写真4:震災の1カ月後、いくつかの設計事務所とゼネコン設計部が集まり、被災地の建築学科学生を東京に集めたオープンデスクを、ボランティアワークの一環として開催。これを機会に、私が所属する日建設計でも、ボランティア部を開設し、その後の「逃げ地図」などの活動につながっていく。今回の震災でも、意義あるボランティア活動ができればと思っている。(クリックで拡大)








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