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コラム

建築デザインの素 第20回
2015年を振り返って? 今年も引き続き、新国立競技場

「建築デザインの素(もと)」では、建築家の山梨知彦さんに、建築にまつわるいろいろな話を毎月語っていただきます。立体デザインの観点ではプロダクトも建築もシームレス。“超巨大プロダクト”目線で読んでいただくのも面白いかと思います。

[プロフィール]
山梨知彦(やまなし ともひこ)。1984年東京芸術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院修了。日建設計に入社。現在、執行役員、設計部門代表。代表作に「ルネ青山ビル」「神保町シアタービル」「乃村工藝社」「木材会館」「ホキ美術館」「ソニーシティ大崎」ほか。 受賞「日本建築大賞(ホキ美術館)」「日本建築学会作品賞(ソニーシティ大崎)」他。 書籍「業界が一変する・BIM建設革命」「プロ建築家になる勉強法」他。



年末になり、新たにこの1年を振り帰ってみても、2014年に続き、今年もまた建築デザイン界の話題の中心は新国立競技場であった。年の瀬にあたり、いささか長いコラムとなるがご容赦願いたい。

■コンペ案二案、公開される

新国立競技場のいわゆる「ザハ案」は白紙撤回されて再コンペとなったわけであるが、12月14日、そのやり直しコンペの応募案二案が公開された。当選案決定前に、応募案の詳細がこれほどまでオープンにされること自体が稀であり、このコンペの透明性に対するJSC(日本スポーツ振興センター)の決意が窺えるようだ。

白紙撤回後のやり直しということもあってか、提出された資料はいずれの案についても膨大かつ詳細なもので、参加者の熱意を十二分に感じられるものである。示された膨大な資料を読み解き、正確に理解することは、建築の設計を職業とする建築家にとっても簡単な作業ではない。それなりの時間と、構造家などのエンジニアの助けが必要である。ここでは限られた時間の中で読み取ることができた、いわゆるファーストインプレッションをお示しするのが限度である。

当初より応募案が少ないことが懸念されていたが、心配は的中し、発表された応募案はわずか2案であった。「杜のスタジアム」というコンセプトがまったく一致してしまったことは偶然のいたずらだとしても、表面的な部分を取り去った後に残る、屋根の形式やスタジアム全体の形状が両案でほぼ同一であり、建設予算案もわずか9億円の差となっている点。つまりほぼ差がない2案が提示されてしまった状況が、コンペを広く可能性を求める場と考える立場からは残念に思えてならない。

■屋根の構造が似ている

まず屋根であるが、いずれの案においても、客席の後方から「片持ち梁」形式で持ち出された梁がスタジアムの外形に沿って並べられて、それをつないだ長円形の屋根になっている。絶対高さを抑えるために、いずれの案の屋根もほぼフラットであり、細かな違いはあるものの(たとえばB案では若干花びら状にうねっている)、全体的な印象はほぼ同一といった印象を受ける。

ザハ案が白紙撤回された経緯の中で、多くのメディアが「キールアーチ」が高価であり、建設費を押し上げていたとの報道が繰り返されていたことからも、今回のコンペではキールアーチに代わる建築的な提案が、合理的なコストで複数案提示され、それを審査員が、そして可能であれば国民の声が選択をできることが期待されていたと思う。その意味で、2つの応募案の基本的な形式や印象が大きく変わらず、選択肢が最初から絞り込まれた結果となってしまったのは、偶然とはいえ残念でならない。

■スタジアムのかたちが似ている

客席部分では、A案では3段の(ザハ案により近い)、B案では2段(シンプルであるが、一般には入場者が場内移動の際の距離が長くなる傾向がある)のスロープから構成しているという違いはあるものの、客席全体の奥行きがほぼ均一で、長円形の平面形状にまとめられているため、両案の印象は酷似している。

また、周辺への圧迫感を抑えるための方策として、両案ともにスタジアムの高さを一定に抑えた円筒形の形状を採用している点も、両案で共通している。ちなみにザハ案では、最も多くの人が座りたがるスタジアムの長辺に配置する椅子の数を増やし、全体の外形を馬蹄形にまとめるという圧迫感軽減策を取っていた。

■偶然の一致

さてこのように、表面から仕上げを取り去った基本的な骨格にあたる部分では、両案の間に大きな差異はない。私自身はこの類似性を、応募案が同一コンセプトであったことを含め、残念な偶然と考えている。

かなり限定された設計条件のもとでも、建築家が異なれば違った回答が導き出されるのが建築デザインの常である。建築家の数だけ正解があると言い換えてもいい。だからこの2つの計画案の類似性を見て、厳しいコストの制約の元では、この形、この形式しかありえなかった、と結論づけてはいけないと思う。事態は、参加者が極めて少ない状況の中で、提出案の類似という不幸な偶然が重なり、コンペが目的とする異なったコンセプトの比較検討が行い難い状況になったと捉えられるべきであろう。

■内外装の存在意義

とはいえコンペであるからには、審査員はこの類似した2案を比較し、優劣をつけなければならない。骨格や予算に大きな差がない以上は、審査の対象は建物の表層、いわゆる外装や内装の仕上げに焦点が絞られることになるだろう。ただし、今回のコンペの主眼がコストと工期と、それに対する影響が大きい骨格に焦点が絞られていたためか、両陣営ともに内外の仕上げに関しては(木材をアクセントとして用いるというこれまた同一のアイデアが示されている他は)、外周部に面して緑化を施したものか、骨太の木柱を立ち並べたものかといった、非常にざっくりとしたアイデアのレベルでの差異しか読み取れない。

日本建築に限らず、現代建築では「装飾は罪」とされ、内装や外装といった仕上げは軽視されてきた傾向がある。ましてや日本建築では、木構造をそのまま表現した「あらわし」が美徳とされ、外装のほとんどが建具として機能を有していたことから、建築の評価に際しては、単なる仕上げとしての内外装は軽視され、骨格が重視される傾向が強い。骨格イコール外装や内装となっている建築物を評価する傾向が強いことは、伝統的な社寺建築を見ても、1964年の丹下さんによる代々木オリンピックプールを見ても明らかだ(ザハ案が不評だった一因も、流動感に溢れたデザインの内外装が、建築の骨格から切り離された装飾や浪費に見えたからかもしれない)。

しかしながら今回のコンペは、両案が骨格レベルで類似してしまったがゆえに、日本人や日本人建築家たちが苦手としてきた外装や内装自体のデザインの優劣を問うものへとならざるを得ない状況となった。

幸いなことに、両陣営ともに、日本を代表する建築家が参加している。コンペの元々の趣旨からコンペ段階では曖昧な内外装について、新しい概念を打ち出し得る布陣である。さらに内外装に限れば、コンペ完了後も、また状況によっては着工後も継続して検討を重ね得る、「まだまだこれから検討ができる」部分でもある。どちらの陣営が勝利を収めようとも、そのチームに所属する建築家が腕を振るう機会が残されていれば、完成時には必ず、内外装の新しい意味や在り方を問う作品が生み出されるはずだ。コンペの時点では、これまで述べてきたさまざまな要因により、この点での主張は非常に希薄になっているに過ぎないだろう。

とはいえコンペは、現時点で提示された資料によって優劣をつけなければならない。審査員は、両案の中に見え隠れする内外装のデザインに関わる「伸びしろ」に着目せざるを得ない状況ではなかろうか。

思い起こしてみると、そもそもザハ案自体が、スタジアムというこれまでほとんど内外装を施してこなかった建築タイプに、ほぼ全面にわたり屋根と一体不可分の内外装仕上げを施した提案であったとも言える。そして白紙撤回後も、偶然の一致により、内外装が争点となる事態となった。新国立競技場は、構造をそのまま見せる「あらわし」を美徳としてきた日本の建築界に、構造とは切り離された内外装の存在意義という問題を問う機会となった。

いずれの陣営が勝利を収めても、新国立競技場が日本の現代建築デザインの新たな局面を拓く好機になることを願っている。



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▲写真1:12月14日に公開された新国立競技場のA案。外周に施された植栽が外観上の特徴。(クリックで拡大)

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▲写真2:同じくB案。外周に立ち並ぶ木材の列柱が外観上の特徴。(クリックで拡大)

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▲写真3:1964年東京オリンピックの代々木体育館。建物自体を支持する構造体や空間の基本構成といった「骨格」が、内外装のかたちを生み出している、現代建築デザインの王道ともいえるデザイン。(クリックで拡大)

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▲写真4:2008年北京オリンピックの「鳥の巣」。鳥の巣に似たアイコニックな外観により、広くデザインが認知されたスタジアム。構造体がそのまま露出することで外装をかたちづくってはいるものの、その構造体が自分自身以外は何も支えておらず、またそれ以外のいかなる機能を持たないことが日本の建築家の間では強く批判されたデザイン。(クリックで拡大)





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