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コラム

建築デザインの素 第19回
パブリックスペースについて考える(1)

「建築デザインの素(もと)」では、建築家の山梨知彦さんに、建築にまつわるいろいろな話を毎月語っていただきます。立体デザインの観点ではプロダクトも建築もシームレス。“超巨大プロダクト”目線で読んでいただくのも面白いかと思います。

[プロフィール]
山梨知彦(やまなし ともひこ)。1984年東京芸術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院修了。日建設計に入社。現在、執行役員、設計部門代表。代表作に「ルネ青山ビル」「神保町シアタービル」「乃村工藝社」「木材会館」「ホキ美術館」「ソニーシティ大崎」ほか。 受賞「日本建築大賞(ホキ美術館)」「日本建築学会作品賞(ソニーシティ大崎)」他。 書籍「業界が一変する・BIM建設革命」「プロ建築家になる勉強法」他。



■PP分離

ひと昔前のマンションの間取りのコンセプトに「PP分離」というのがあった。最初のPはパブリックを意味していて、2つめのPはプライベート。つまりPP分離とは、集合住宅の間取りを考える上で、住宅の中の諸機能をパブリックであるかプライベートであるかに着目し、明確に機能分離をした平面計画を行おうという考え方である。

典型的な南北に長い長方形の住戸割を考えると、住戸の玄関がちょうど長辺の真ん中あたりに配置して、そこから南にはリビングダイニングなど来客を迎える部屋を、北に向けては寝室や子供部屋などプライベートな空間を配置するのが基本。来客時でも互いの動線は混じらず、来客にも寝室を目の当たりにさらすことない、合理的なプランニングとされていた。

しかしながら、100㎡に遠く及ぶことのない日本の庶民の住宅程度の規模では、PPを分離したところでプライベートなど守られるわけはなく、そもそも独身の1人住まいが多い都会では寝食が一体となったワンルーム形式の間取りの隆盛もあってか、PP分離はコンセプト倒れに終わった気がする。

日本の狭い住宅の中では、部屋の用途を固定して、ここは来客用のパブリック、こちらは家族用のプライベートなどと分けるよりも、時と場合により、空間の設えを変えてパブリックにもプライベートにも転用できるほうがよっぽど実用的であることを僕ら日本人は思い出したともいえそうだ。

思い出した? そう、思い出したんです。そもそも日本の伝統的な和室空間は、大型の建築を除けば、時間により各室の役割が変化するのが当たり前だったし、そもそも部屋相互が壁ではなくて建具で仕切られていて。部屋の大きさすらが変化してプライベートからパブリックな利用まで、フレキシブルに変化できることが持ち味だった。

■n-LDK

第二次世界大戦後の住宅不足の状況の中で、健康的で文化的な暮らしを実現するために寝食を分離することが考案され、その結果、2DKや3DK、すなわちn-DKタイプの住宅間取りが誕生した。さらに、そこにパブリック空間の視点が加わりリビングルーム(L)の概念が生まれ、n-LDKの間取りが生まれた。戦後期には有効であったこの間取りシステムは、高度経済成長期の家族形態や生活様式の変化によって時代の要請にフィットしたものではなくなってしまった。PP分離が上手くいかなかったのも、時代が要請している住まい方の変化と、n-LDKの間取りシステムが内包している空間と機能とが一対一で固定的に結びつくという概念とがかい離しているためかもしれない。

こうしたn-LDKを乗り越える住宅のあり方の模索が、高度経済成長以後の日本におけるアトリエ系建築家の中心的課題であった一方で、多くのマンションはなぜだか未だn-LDKの呪縛から逃れられないでいる。狭い住居の中で不相応に広めのパブリック空間を持て余して人々は暮らしているような気がしてならない。

■On the waterでの試み

こんなことを漠然と考えているときに、珍しく住宅系の仕事が舞い込んできた。とある湖のほとりに立つゲストハウスである。水の上に張り出すように建つ住宅なので、「On the water」と名付けた。

ゲストハウスであるから、数名の絞られた来客や、時には比較的大人数を迎えてのパーティといったパブリック性の強い利用が想定される。また当然オーナーだけの利用や、親戚を交えたプライベート性の強い利用も想定される。通常の宿泊施設であれば、PP分離的な考えに立ち、大人数で同時にパーティや食事ができる大型のリビングダイニングと、必要な数の寝室を並べたn-LDK形式の間取りを取るところだろう。しかしこの形式では、プライベートな利用には不便であるし、普段住居系施設を担当する機会が稀である以上、n-LDKへの挑戦も試みたかった。

クライアントとのやり取りの結果生まれた形式は、2つの最小限の寝室(オーナーの寝室とゲストの寝室)を除いて、残りの機能はらせん状にとぐろを巻いたひとつながりの廊下(corridor)状の空間にまとめる提案だった。n-Cの誕生である。

廊下の主たる目的は、このゲストハウスの最大の売り物である湖への眺望を楽しみながら水面へと近づくための動線である。このらせん状に加工する動線を「街路」に見立てて、街路にお祭りの日に「屋台」が並ぶかのように、最初に湖を望むことになる駐車場、到着後のウエルカムドリンクを屋外で楽しむための玄関ポーチ、玄関、ダイニング、キッチン、バー、そして湖に至るテラスがバラバラと配されている、それぞれ名前は付けてあるが、実はひとつながりの空間である。

ゲストが訪れた際には適切な設えを施し、パブリック空間として機能する。人数の変動に備え、逆梁の天端や階段はテーブルやいすとしても使えるように寸法を調整してある。また、ダイニング専用の数脚の椅子を除いては、家具は座布団となっていて、どこにでも敷いて座れるし、その気になれば寝転ぶこともできる。ゲストがいないプライベートユースの時は、お祭り騒ぎは影を潜め、らせん状の通路はプライベート空間となって、水辺に至る静かな経路として機能する。

■広場ではなくて街路

普段は通路で用いられているプライベート色の強い空間を、設えをしてゲストを迎えるパブリックスペースへと転用する手段は、住宅スケールのみならず、より大型の建築や都市空間でも応用ができるはずだ。人口密度が高く気候が温暖なアジア諸国では、広場のような専用のパブリックスペースを設けるよりも、街路のような本来は別の機能を持った空間を適切に舗設してパブリックスペースとして兼用する方がしっくりくるような気もする。

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▲写真1:On the water全景。(クリックで拡大)

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▲写真2:らせん状に下る廊下。(クリックで拡大)

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▲写真3:らせん状の廊下シークエンス1 アプローチ。(クリックで拡大)

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▲写真4:らせん状の廊下シークエンス2 アプローチから湖を見る。(クリックで拡大)

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▲写真5:らせん状の廊下シークエンス3 アプローチから玄関ポーチを見る。(クリックで拡大)

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▲写真6:らせん状の廊下シークエンス4 玄関ポーチより湖を見る。(クリックで拡大)

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▲写真7:らせん状の廊下シークエンス5 玄関ポーチ全景。(クリックで拡大)

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▲写真8:らせん状の廊下シークエンス6 ダイニング。(クリックで拡大)

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▲写真9:らせん状の廊下シークエンス7 ダイニングから吹き抜けへ。(クリックで拡大)


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▲写真10:らせん状の廊下シークエンス8 吹き抜けからバーラウウンジを見下ろす。(クリックで拡大)

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▲写真11:らせん状の廊下シークエンス9 バーラウンジ。(クリックで拡大)

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▲写真12:らせん状の廊下シークエンス10 バーラウンジ前の湖に通じるテラス。(クリックで拡大)



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