建築デザインの素 第13回
大型建築の外観にこだわる:3
「建築デザインの素(もと)」では、建築家の山梨知彦さんに、建築にまつわるいろいろな話を毎月語っていただきます。立体デザインの観点ではプロダクトも建築もシームレス。“超巨大プロダクト”目線で読んでいただくのも面白いかと思います。
[プロフィール]
山梨知彦(やまなし ともひこ)。1984年東京芸術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院修了。日建設計に入社。現在、執行役員、設計部門代表。代表作に「ルネ青山ビル」「神保町シアタービル」「乃村工藝社」「木材会館」「ホキ美術館」「ソニーシティ大崎」ほか。 受賞「日本建築大賞(ホキ美術館)」「日本建築学会作品賞(ソニーシティ大崎)」他。 書籍「業界が一変する・BIM建設革命」「プロ建築家になる勉強法」他。
3回にわたって書いてきた「大型建築の外観にこだわる」だが、ここでは日本建築の外観を造るうえでのテーマとなっている5つのボキャブラリー、「内外の連続」、「状況に合わせた変化」、「多目的性」、「あらわし」、「数寄」に対する僕なりの集大成として「バイオスキン」を紹介するとともに、バイオスキンを設計する中で見えてきた次なるモノづくりのテーマ、「マス・カスタマイゼーション」について書いてみたいと思っている。
■バイオスキン
バイオスキンは、コンピュテーショナルなファサードデザインの追求の中で、現時点における我々の技術の集大成となっている。我々はこのバイオスキンで、CTBUHの2014年のイノベーションアワード、そして日本建築学会賞作品賞をいただいた(写真1)。
ビルの機能は、世界的なIT企業であるソニーの研究開発施設である。いわばソニーの頭脳を納めている施設ともいえるため、そして研究者に安全な環境で最高の仕事をしてもらうためにも、ワークプレイスの全周にバルコニーを配して、安全な避難ルートを確保する計画にした。
こうして設けたバルコニーに、ワークプレイス内の柱を押し出しレイアウトして、ワークプレイス内からは一切の柱型を消し去った。これは木材会館やラゾーナ川崎東芝ビルと同様な考え方である。
さらにバルコニーの手すりを+αの環境装置として使えないかとの思いから、バイオスキンの原型を着想した。バルコニーの手すりを陶器のパイプで作り、そこを日本の夏季に有り余っている雨水を通せば、雨水が陶器パイプの表面ににじみ出て蒸発し、その時の気化熱により建物や周辺環境が冷やされ、環境に何らかの寄与ができるのではないかとの思い付きであった。
最初に過去100年の東京の気温上昇について調べてみると、なんと3℃も上昇しているという。いわゆる地球温暖化現象はその中のわずか0.6~0.7℃を押し上げているにすぎず、過半の2℃強を押し上げているのは、ヒートアイランド現象である。ヒートアイランド現象は、昼間の太陽熱で温まった建物が夜間に熱を放射することで都心の気温を上昇させているという、我々建築家や都市計画家が、そして都市に住まう人々が引き起こしている現象といえるだろう。
雨水の気化熱で建物が冷やせれば、ヒートアイランド効果の抑制につながる。早速、陶器のパイプに雨水を入れ気化させて実測してみると、表面温度は日向で12度程度、日陰でも6度ほど低減すること、さらには陶器パイプ周辺の気温が2度ほど下がることが分かった。とはいえ、過去100年にヒートアイランド現象が引き起こした温度上昇をキャンセルする温度低下を、わずかに雨水だけで実現できると考えれば、その効果は高く評価できる。さらに実験結果をもとに建物のBIMデータを用いてコンピュータシミュレーションを行ってみると、建物の足元回りが2℃ほど冷えることも分かり、この画期的なファサードシステムは実現に移された。BIMとコンピュータシミュレーション技術がなければ、この思い付きは単なるアイデアに留まり、実現は難しかったであろう。
デザインにあたっては、制作上発生CO2を最少とするため、そしてバイオスキンにふさわしい過剰な美学の追求のため、全体をテンション構造としてミニマムの部材で支えることにした(写真2)。
完成後、建物内外、そしてヘリコプターからのサーモカメラによる計測により、バイオスキンが期待した効果を発揮していることが確認できた時の感動は、今も忘れることができない。(写真3、4)。
■マス・カスタマイゼーション
2つこうして完成した、避難経路であり環境装置でもあるバイオスキンに関して、商品化の誘いを多方面から受けているが、我々はそれを丁重にお断りしている。なぜならば、個別のプロジェクトで発見した方法を一般化し、大量に生産し、再販売する「マスプロダクション」的な方法は、20世紀的であり、環境の時代を迎えた今となっては、モノ作り方法としてはいささかオールドファッションに感じられるからである。
コルビュジェのドミノシステムを持ち出すまでもなく、20世紀の建築は、自動車産業の中に工学的そして美学的な規範を見出し、大量生産を手本として造ることを良しとしてきた。良いものを、大量に、安く造ることが時代の正義であった。そして超高層ビルこそがその権化であった。
ところが、建築の本質は1品生産である。さらに環境の時代となり、プロジェクトの条件に即して、丁寧かつ高品質に建築を造ることが正義となりつつある。そして、高品質でありながら合理的な価格を実現するものとして、デジタルファブリケーションや、コンピュータシミュレーションそしてBIMといったコンピュテーショナルな技術が登場している。大量生産の権化であった印刷技術が、コンピュータと出会いDTPへと発展し、さらに電子出版技術へと昇華を遂げることで、印刷技術が少量多品種の印刷物を高品質にそして世界中に高速に配信されてきた状況を見れば、コンピュテーショナルな方法が、建築のつくり方を大きく変えようとしている状況が見えてくる。
かくのごとく、我々日本の建築家は、コンピュテーショナルな技術と伝統的な日本建築における外装の在り方の融合の中から、建築の内外を統合する革新的なファサードシステムを「生成」することを企て、外観にこだわっているのだ。
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