建築デザインの素 第10回
大型建築の階段にこだわる
「建築デザインの素(もと)」では、建築家の山梨知彦さんに、建築にまつわるいろいろな話を毎月語っていただきます。立体デザインの観点ではプロダクトも建築もシームレス。“超巨大プロダクト”目線で読んでいただくのも面白いかと思います。
[プロフィール]
山梨知彦(やまなし ともひこ)。1984年東京芸術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院修了。日建設計に入社。現在、執行役員、設計部門代表。代表作に「ルネ青山ビル」「神保町シアタービル」「乃村工藝社」「木材会館」「ホキ美術館」「ソニーシティ大崎」ほか。 受賞「日本建築大賞(ホキ美術館)」「日本建築学会作品賞(ソニーシティ大崎)」他。 書籍「業界が一変する・BIM建設革命」「プロ建築家になる勉強法」他。
■大型建築の複雑さ
大型建築は分かりづらい。
大型建築は、規模とともに中に取り入れる機能や、設計にあたって考慮しなければならないことが等比級数的に増え、とにかく複雑になる。したがって分かりづらい。一般にはその複雑な内部状況を覆い隠すかのように、シンプルで簡潔なファサードをまとった複合ビルが多いが、実態は極めて複雑。サインなしには行きたいところに行けない大型建築がそこここにあることは、日々の生活の中で体験済みだ。
でもデザイン的に言えば、こうした複雑さはあながち悪いものとは思えない。ラビリンスのような分かりづらさ、ひだの深さをこそが、大型ビルが内部に持つプログラムの魅力であろうから、むしろ複雑さや分かりづらさを肯定的にとらえたデザインを試みる方がクリエイティブな選択肢と言えるかもしれない。複雑なプログラムの上に、それとはまったくかけ離れたシンプルな外装を被せるようなアプローチで大型ビルのデザインが今も繰り返しなされているような状況こそ、嘆かなければならないのかもしれない。
ただこうした複雑な様相を肯定的にとらえる状況の中でも、直感的に分かりやすくしなければならないものがある。代表的なものが避難動線。つまり、地上に至る階段ではなかろうかと思っている。
■大型建築の不安
多くの地下街で、僕は不安に駆られる。おそらく主たる原因は、地上に至る方向やルートが直感的に分からないからだ。大型オフィスビルや商業施設の基準階でも、同様な不安を感じる。
大型施設の避難階段、特にオフィスビルでは、火災時に安全に避難ができるように、階段は耐火構造の壁で囲まれていて、廊下や通路からは見えづらくなっている。かつ階段から外部が見えるようになっていることもほとんどないから、地上に至るまでの距離も直感的に把握できない。さらにサインを注意してみなければ階段の場所は分からないし、たとえサインを認識しても階段そのものが見えるわけではないから、直感的にどこからどうやれば地上に逃げられるかが分からないまま、僕らは巨大なラビリンスの中をさまよっているわけだ。考えてみれば、不安にならない方が不思議なぐらいだ。
■階段をオープンに造る
ある日こんなことに気がついて、以来、階段の存在が分かりやすい大型建築をつくることが僕のライフワークになった。本来は壁で囲まれていなければならない階段を、火災時にだけ閉まる扉で包み、普段はオープンにして置く。オープンにしておくと、存在が見えるし、普段の生活でもその階段を使ってもらえるようになり、避難経路を自然に習得してもらうことができる。初めてビルを訪れた人のためには、階段を印象的なデザインにすることで、見た瞬間に存在を忘れないように印象付けてしまうなど、手法はさまざまだ。
これまで担当した大型建築が火災になったことはなく、階段をオープンに造ることの優位性は現時点では実証できていない。だが、多くのクライアントはこの話に頷いてくれ、これまで手掛けたほとんどの仕事で、僕はオープンな建築をつくらせていただいてきた。
こだわり症からは縁遠い大味なデザイナーの僕にとって、階段は数少ないこだわりのアイテムなのです。
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