建築デザインの素 第5回
オリンピックに木を使おう!
「建築デザインの素(もと)」では、建築家の山梨知彦さんに、建築にまつわるいろいろな話を毎月語っていただきます。立体デザインの観点ではプロダクトも建築もシームレス。“超巨大プロダクト”目線で読んでいただくのも面白いかと思います。
[プロフィール]
山梨知彦(やまなし ともひこ)。1984年東京芸術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院修了。日建設計に入社。現在、執行役員、設計部門代表。代表作に「ルネ青山ビル」「神保町シアタービル」「乃村工藝社」「木材会館」「ホキ美術館」「ソニーシティ大崎」ほか。 受賞「日本建築大賞(ホキ美術館)」「日本建築学会作品賞(ソニーシティ大崎)」他。 書籍「業界が一変する・BIM建設革命」「プロ建築家になる勉強法」他。
■オリンピックが盛り上がらない
2020年の東京オリンピック。誘致には成功したものの、今一つ盛り上がっていない。しらけムードだ。1964年のオリンピックとはちがって、現在は人々の価値観も多様化して、オリンピックに期待するものを「一つにはまとめよう!」ってこと自体、そもそも無理なのかもしれない。
でもせっかく誘致したからには、オリンピックを何かのドライビングフォースに使わなきゃもったいない。「2020年以降の日本のことを考える」なんて大上段に構えなくても、オリンピックという機会を使って何とかしたいテーマは、そこここにゴロゴロしているはずだ。
ここはひとつ、日本に住む人々それぞれが、何でもいいから、勝手気ままに、オリンピックをやりたいことの加速装置として使ってみたらいいのかもしれない。たしかに改めて状況を見てみると、オリンピックをチカラに最も熱い運動を繰り広げているのは、目下のところ、オリンピック施設の建設反対運動だったりするぐらいだから、その気になれば何でもイケるはずだ。
僕にも、オリンピックのチカラで、何とかしたいものがある。
■オリンピックのテーマを何とかする
肝心の東京オリンピック2020のテーマが見えづらい。唯一記憶に残っているキーワードは、美人アナウンサーが放った「お・も・て・な・し」の一言。それならば手始めに、オリンピックのチカラで、おもてなしに着目して、今鮮明さを欠いているオリンピックのテーマを何とかできないだろうか。
2020年に、世界の人々を日本にそして東京に迎え入れるにあたっては、少なくとも僕らは、失われた20年からの脱却を経て、震災からの復興を果たし、福島の原発を安定した状況に置いたことを、世界に対して宣言する必要があるはずだ。この目標実現にオリンピックのチカラを注ぎ入れるためには、少々乱暴であっても、オリンピックと東北とをダイレクトに、わかり易く接続するデザインが必要ではなかろうか。僕は、そのカギとなるのが木材ではないかと考えている。
■東北や福島の木材を用いる
そう、僕自身は、失われた20年から復活し成熟した新しい時代の日本らしさを示し、東北の復興を成し遂げ原発を安定させ、世界の人々を迎えおもてなしするのにふさわしい状況にすること自体が、2020年の東京オリンピックに最適のテーマであると思っているのだ。そして、東北や福島で伐採され製材された木材をオリンピック関連施設に持ちることで、テーマは視覚化されて、広く世界中の人々に共有され、共感を呼ぶのではなかろうかと企んでいるのだ。
オリンピック施設に、復興した東北から、そして福島から集められた安全が保障された木材がふんだんに使われたならば、人々はオリンピックを見るたびに、思うたびに、東北や福島を思い出すに違いない。大量の木材利用は、かつて日本の木材の25%を担っていた東北の林業になにがしかのインパクトも与えるはずだ。オリンピックという機会を通じて、都市建築における木材の復権を果たし、木材加工が東北の基盤産業の復興に結びつけられるならば、2020年のオリンピックは名実ともに、日本の復活と、東北の復興と、原発の安定とに結びつきつつ、世界の人々を迎え入れるにふさわしい状況が生み出せるのではなかろうか。
■木材の寄進を募る
木材利用により、建設費が上昇することを心配する向きもあるだろうが、ここは木材利用の是非を国民に諮るためにも、寄進を募りたい。寄進を募るのならば、寄進者の名前を刻みやすい客席が良いだろう。市民や私企業の自発的な寄付行為により、オリンピック関連施設の座席が木材化されたならば、施設は市民とオリンピックとを、さらには東北や福島ともつながる大きなつながりを生み出すに違いない。
客席のみならず、できれば内装も木質化をしたい。たとえば、メインスタジアムの内装が木材でできていたらどうだろうか? 開会式やマラソンなど、ここで行われるオリンピックプログラムを世界に放映する画面には、一面の木内装が映し出されることだろう。そこには東北の木材が、福島から安全を確認された木材が使われ、それをやさしく包むかのように全国から集められた木材が取り囲んでいるかもしれない。アナウンサーが入場行進や競技の中継のたびにその事実を全世界に告げるはずだ。この瞬間に立ち会った全ての人々は、日本らしさを感じると同時に、東北の惨事と、福島の人災とをオリンピックとともに深く胸に刻み込むに違いない。
■木材の復権
さらには、オリンピックを契機とした、その後の「木材の復権」への期待とつなげたい。日本人は木材好きであるにもかかわらず、明治以降、都市の大型建築には安全性の配慮から木材の使用はいわば禁じ手となってしまった。オリンピックという絶好のチャンスに、都市建築において木材の安全で環境にやさしく使えることを人々に示し、木材建築の伝統を持つこの国で、都市建築における木材の復権を目指したい。
すでに開催が決まったオリンピックを、少しでも前向きとらえたいと思う。日本の失われた20年からの復活と成熟と、東北の復興と、原発の安定に結びつけ、それを世界に発信すること。そして世界中から人々を迎え入れるために、オリンピック施設で木材の積極的に利用がなされることを願い、今しばらく悪あがきをしてみたいと思っている。
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